法政大学建築フォーラム2006-2009
2010-03-07T16:15:27+09:00
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建築フォーラムの講義内容
Excite Blog
第6回 稲葉なおと氏
http://archiforum.exblog.jp/13891248/
2009-11-16T23:00:00+09:00
2010-03-07T16:15:27+09:00
2010-03-07T12:34:48+09:00
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2009
2009年度第6回となる建築フォーラムでは、紀行作家である稲葉なおと氏をお招きし、共通テーマである「建築的思考のあり方」の元、「そこに泊まるために旅に出る」という演目で講演していただきました。
講演は稲葉氏の現在の作家・写真家としての活動の紹介からはじまり、学生時代、設計事務所時代を振り返りながら、当時の想いや出会いからどのようにして作家の道を志し、活動を続けてこられたのかご説明いただきました。
稲葉氏は講演の冒頭で、
「オブジェクティブな考えもあるが、一番の関心は生活する場所にある。」
と語られました。生き生きした場・自由な場を求め、今もなお本当の意味でのそのような場を感じていないとおっしゃっています。だからこそ作り続けると。
そしてその設計の中ではある種の矛盾、あるいは拮抗と常に戦いながら現在に至っていると言います。その矛盾こそが本日の演目である、構成形式と現実条件でした。
*「和樂」表紙写真 雑誌を開いた写真
ここで言う構成形式とは設計の指針・コンセプトを示します。しかし建築はそれだけでは完成しないと坂本氏は本講演の中で繰り返し語られました。
「構成形式が形になる上で、半分はあてはまるが半分は当てはまらない。」
構成形式のみで作られる明確な物=形式主義は、社会の抱える問題や現実状況からズレていくと言います。構成形式と現実条件のこの2つの拮抗関係・緊張関係こそが、氏の矛盾との戦いであり、氏の設計そのものでありました。
1960~1970年当時は、空気汚染などの公害問題という社会的背景をなぞり設計をされています。それが「散田の家」に代表される「閉じた箱」という考え方でした。
そして1970年の「水無瀬の町家」を通して移り行く社会背景のもと、氏の構成形式も変化をみせることとなります。いかにして閉じた箱を開くか。その答えが1976年「代田の町家」に代表される「家型」という形式でした。
*「週間ポスト」雑誌を開いた表紙・中写真
しかし、家型という形式にこだわり続けた結果、その形式が類型化されることで構成化されてゆく現状に疑問をいだくこととなります。構成的な形式からさえも自由になれないのだろうか。
そんな思想のもと、内部と外部とが明確だった今までに対し、非常に曖昧かつ自由な空間が生み出されました。
*プロジェクトS
屋根の自由な変化によって、欲しい高さを欲しい場にもたせる。1つのまとまりとしての形がここには存在しています。
*ハウスF(1988)
家型を完全に脱し、自由な平面の広がりを見せます。
*ハウスSA(1999)
螺旋状に構成されることで、室が適度な独立性を持ちながら連続していきます。
この螺旋という形状は敷地形状や傾斜面などの諸条件が影響し合った上で構成されたものであり、螺旋と言う形を初めから目指して作られたものではないと言います。その点で家型の思想とは大きく異なるものであると坂本氏はおっしゃいました。
*江古田ハウス
そして氏の構成形式はより自由なものへと発展していきます。それはオブジェにも収まらない、枠付けもしない自由な関係性となりました。
つかずはなれずの距離で島上に分散させることで建物間には共の空間が生まれます。
住戸は交差メゾネットで構成されることで、どの住戸も東西南北4面の開口を得ることを可能にし、十字の壁構造により構造的な合理性も獲得しています。
構成形式と現実的リアリティのせめぎ合いがここには収まっています。
本講演会ではこのような一連の流れのもと、移り変わっていく現実社会とそれとのバランスを保ちながら変化していく氏の構成形式を語られました。
最後に「水無瀬の町家」に隣接した敷地に設計された別館になります。
これは水無瀬の町家が誕生してから38年後に建てられたもので、両者の構成形式は大きく異なるものとなっています。
*水無瀬の町家 ANNEX(2008)
同じ一人の建築家の作品であるのに、38年前の設計を潔く踏襲してしまっているこのワンカットは、坂本氏の建築的思考のあり方が形式主義だけにとらわれることのない、構成形式と現実条件の緊張関係にあることを実感させられる、本講演まとめの一枚となりました。
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講演日 : 2009年11月16日
レポート : W-Lab 内海
写真撮影 : W-Lab 松島
写真提供 : 稲葉なおと
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第1回 坂本一成氏
http://archiforum.exblog.jp/13106856/
2009-09-28T00:00:00+09:00
2010-03-07T12:35:52+09:00
2009-11-30T17:01:00+09:00
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2009
2009年度第1回となる建築フォーラムでは、建築家であり法政大学客員教授である坂本一成氏をお招きし、共通テーマである「建築的思考のあり方」の元「構成形式と現実条件の緊張関係 - ニュートラルな建築の空間のために」という演目で講演していただきました。
講演は坂本氏のこれまでの作品をなぞりながら、その当時描いていた思想がどのように建築に反映されたのか、そして社会の流れとともに氏の思想と建築がどのように変化してきたのかをご説明いただきました。
氏は講演の冒頭で、
「オブジェクティブな考えもあるが、一番の関心は生活する場所にある。」
と語られました。生き生きした場・自由な場を求め、今もなお本当の意味でのそのような場を感じていないとおっしゃっています。だからこそ作り続けると。
そしてその設計の中ではある種の矛盾、あるいは拮抗と常に戦いながら現在に至っていると言います。その矛盾こそが本日の演目である、構成形式と現実条件でした。
*水無瀬の町家(1970)
ここで言う構成形式とは設計の指針・コンセプトを示します。しかし建築はそれだけでは完成しないと坂本氏は本講演の中で繰り返し語られました。
「構成形式が形になる上で、半分はあてはまるが半分は当てはまらない。」
構成形式のみで作られる明確な物=形式主義は、社会の抱える問題や現実状況からズレていくと言います。構成形式と現実条件のこの2つの拮抗関係・緊張関係こそが、氏の矛盾との戦いであり、氏の設計そのものでありました。
1960~1970年当時は、空気汚染などの公害問題という社会的背景をなぞり設計をされています。それが「散田の家」に代表される「閉じた箱」という考え方でした。
そして1970年の「水無瀬の町家」を通して移り行く社会背景のもと、氏の構成形式も変化をみせることとなります。いかにして閉じた箱を開くか。その答えが1976年「代田の町家」に代表される「家型」という形式でした。
*代田の町家(1976)
しかし、家型という形式にこだわり続けた結果、その形式が類型化されることで構成化されてゆく現状に疑問をいだくこととなります。構成的な形式からさえも自由になれないのだろうか。
そんな思想のもと、内部と外部とが明確だった今までに対し、非常に曖昧かつ自由な空間が生み出されました。
*プロジェクトS
屋根の自由な変化によって、欲しい高さを欲しい場にもたせる。1つのまとまりとしての形がここには存在しています。
*ハウスF(1988)
家型を完全に脱し、自由な平面の広がりを見せます。
*ハウスSA(1999)
螺旋状に構成されることで、室が適度な独立性を持ちながら連続していきます。
この螺旋という形状は敷地形状や傾斜面などの諸条件が影響し合った上で構成されたものであり、螺旋と言う形を初めから目指して作られたものではないと言います。その点で家型の思想とは大きく異なるものであると坂本氏はおっしゃいました。
*江古田ハウス
そして氏の構成形式はより自由なものへと発展していきます。それはオブジェにも収まらない、枠付けもしない自由な関係性となりました。
つかずはなれずの距離で島上に分散させることで建物間には共の空間が生まれます。
住戸は交差メゾネットで構成されることで、どの住戸も東西南北4面の開口を得ることを可能にし、十字の壁構造により構造的な合理性も獲得しています。
構成形式と現実的リアリティのせめぎ合いがここには収まっています。
本講演会ではこのような一連の流れのもと、移り変わっていく現実社会とそれとのバランスを保ちながら変化していく氏の構成形式を語られました。
最後に「水無瀬の町家」に隣接した敷地に設計された別館になります。
これは水無瀬の町家が誕生してから38年後に建てられたもので、両者の構成形式は大きく異なるものとなっています。
*水無瀬の町家 ANNEX(2008)
同じ一人の建築家の作品であるのに、38年前の設計を潔く踏襲してしまっているこのワンカットは、坂本氏の建築的思考のあり方が形式主義だけにとらわれることのない、構成形式と現実条件の緊張関係にあることを実感させられる、本講演まとめの一枚となりました。
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講演日 : 2009年9月28日
レポート : W-Lab 阿部
写真撮影 : W-Lab 内海
写真提供 : 坂本一成
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法政大学デザイン工学部建築学科 2009年度建築フォーラム開催
http://archiforum.exblog.jp/12569230/
2009-09-27T02:50:00+09:00
2009-10-08T23:35:37+09:00
2009-10-08T23:21:48+09:00
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スケジュール
今年度も法政大学デザイン工学部建築学科主催 建築フォーラムが開催されます。
建築フォーラムは講演会形式の授業です。学外者、他学部在籍者を含め、授業履修者以外の聴講も自由です。授業履修者でなくとも聴講できます(先着順、入場無料)。
2009年度のテーマは「建築的思考のあり方」です。
この共通テーマのもと、各回の講師の方によって講演が行われます。
各回フォーラム内容は当ブログにて、法政大学大学院工学研究科建設工学専攻建築学領域 渡辺真理研究室所属の大学院生が発信します。
■ スケジュール
9/28 坂本一成(建築家、法政大学客員教授)
「構成形式と現実条件の緊張関係 - ニュートラルな建築の空間のために」
10/5 David A. Kemnitzer(建築家)
「米国における建築リノベーションの現況について」
10/19 馬場正尊(建築家、東北芸術工科大学准教授)
「Open Architecture/建築の展開力」
10/26 梅本洋一(映画評論家、横浜国立大学教授)
「小津安二郎/東京/黒沢清」
11/9 赤松佳珠子(建築家、CAt)
「演題未定」
11/16 稲葉なおと(紀行作家)
「そこに泊まるために旅に出る」
11/30 菊地宏(建築家、菊池宏建築設計事務所)
「開かない引き出し」
12/14 野沢正光(建築家、武蔵野美術大学客員教授)
「サスティナブルデザインの射程」
敬称略
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第7回 宮崎桂さん
http://archiforum.exblog.jp/10773247/
2009-02-01T22:02:00+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2009-02-01T22:02:14+09:00
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2008
サインと建築のほどよい関係 KMD inc/ 宮崎桂
今回の建築フォーラムは、普段身近な場所でも多く見られるが、あまり意識して見ていなかった「サイン」というものを制作者の視点からいろいろ解説して頂きました。講演の内容は宮崎さんのドイツで発見してきたサイン紹介と、自身のサイン計画を交互に発表していき、作品の共通性や意図というのを教えて頂きました。
*「kolumba」「allianz arena」は旅行での写真、それ以外は宮崎さんの作品となっています
「KOLUMBA」
ドイツのケルンにある、もとは聖コルンバ教会を改装した美術館です。ピーターズントー(Peter Zumthor)が設計した建物でサインが非常に少ないことが特徴だそうです。
・ 「京都国立博物館」、「千鳥ヶ淵戦没者苑(2003年)」
谷口建築設計研究所設計の建物のサイン計画です。設計者の意図を読み解き、シンプルさということをキーワードにされたそうです。文字に使う素材等を吟味しデザインされたそうです。
「ALLIANZ ARENA」
ミュンヘンにあるヘルツォーク・ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)設計の「ALLIANZ ARENA」は遠くから見てもわかるように非常に大きなサインです。内部のサインはペイントを躯体に直書きしてあります。
・「TAG:サイン計画 (2000年)」
山口県にあるオフィスビルのサイン計画です。巨大な文字が視界に飛び込んできます。ファサードのガラス面にもシート状でサインがあり、ベンチも文字を使った造形となっており、建築のシンプルさとサインのシンプルさが一体的に感じられるようになっていました。
・「道の駅仁保の郷 (2000年)」
「Qiball (2007年)」
千葉県にある日建設計の複合施設です。4つの専用施設に専用エレベーターでアクセスするためにサインの役割が重要だったそうです。設計者と計画していくなかで実現できたそうです。
「床と壁の連続サイン (2002年)」
「多摩大学のグローバルスタディズ学部(2007年)」
神奈川県藤沢市にある多摩大学新設のグローバルスタディズ学部、渡辺真理+ADH設計のサイン計画です。案内と誘導のサインとともに英語で表記された言葉が見られます。
「東京国際フォーラム (1966年)」
ラファエル・ヴィニオリ設計の東京国際フォーラムにおけるサイン計画です。吊り形式のサインと図が白、地が黒というサインは当時珍しいものだったと紹介して頂きました。サイン計画はあとから取り付けるのではなく、設計の段階から設計者とコミュニケーションを取りながら決めていくそうです
「電通本社ビル (2002年)」
ジャン・ヌーベル設計の電通本社ビルにおけるサイン計画です。「移ろい」を表すべく柱の色がグラデーションに変化していく中でサインを対応させたり、透明から不透明に変わっていくようなデザインが建物と同調しています。
宮崎さん曰く、サインというのはサインが主張しすぎてもいけないし、目立たなくても駄目。場所を示すだけじゃなく時と場合により、その施設に求められてるものを表記することが大事だということをおっしゃっていました。
さらにサインは建築と相互でよくならないといいものができないそうです。サインもいい、建築もよければいい関係は築くことができるそうです。
建築の見え方、使い方はサインによって大きく変わり、場に応じたサインを読み解いていくことが大切なのではないかと感じました。今回は建築に身近なサインというものの色々な形式を教えて頂きました。
宮崎さんご講演ありがとうございました。
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以下、学生のレポートです。
程よい関係はどれくらいなのか??? 06D7091 原田 友絵
今まで建築の中でサインに注目したことはなかったが、確かに私たちは特にデパートに買い物に行ったときなどどこに何の売り場があるのか、トイレやエレベーターの場所などかなりの情報をサインに頼っていると思う。そしてそのサインの在り方によって建築内部の印象は大きく左右されると感じることが多いことは今までも感じていた。今回の講義のテーマである「サインと建築の程よい関係」とはどんなことなのだろうか。私個人の意見では程よい関係性とはその施設ごとに決められるものでも、サインを作る人によって決められるものでもないと思う。しかし「その施設を利用する人」という大きなくくりによって決定されるものでもないと思う。それは十人十色でありこれだと決めるのがとても難しいことのように感じた。講義の初めに宮崎さんが紹介してくださったKOLUMBAでは入場料、どこがチケット売り場なのか、作品の説明書きもないということだった。美術館側の意図するところは「いらない情報は出さない」ということであったが果たしてそれが「いらない情報」なのだろうか?確かにやたらとサインが多い施設では建築の中で文字がうるさいような印象を受けることはよくあるが、美術館では作品だけを見ても作者の主張や考えが全く理解できないことが多い。これが、ただシンプルな空間を作りたいからなのかそれとも入館者の立場に立っていらない情報と判断したのか疑問だと思う。実際にKOLUMBAに行ったことがあるわけではないので断定はできないが少なくともわたしはKOLUMBAの中でサインと建築が程良く存在しているようには思えない。宮崎さんも講義の中でサインをつくる側はどこに何があるのか分からないと言われてはならないとおっしゃっていた。過剰に表示をすることは建築の中で大量の情報が氾濫しているような印象を作り出してしまうと思う。だが利用者が求める最低限の情報を提供することは程よい関係には不可欠だと思う。
昨年、友人とニューヨークのメトロポリタン美術館に行ったときに表示がわかりずらく、かなりイライラした。ここでは情報量の不足というよりも情報の提供の仕方に問題があるように思った。建築内部が複雑なつくりであることに加え地図がわかりずらかったように思う。途中で目的のものを見つけるのを諦めてしまったほどであった。あまり意識することはないがサインは建築内部での行動や心理に密接に関わっていると感じた。宮崎さんのようにサインを専門に考える人がいるとは考えてみたことはなかったが、確かに情報をすっきりと整理して提供してくれる施設は初めて訪れた場合でも動きやすく心地よく過ごすことができる。電通ビルの例にもあったが更にそのサインのデザインが施設の印象と合っていると特別凝ったデザインでなくても私たちは「なんだかおしゃれだな」という印象を持つと思う。サインはその施設のイメージを決定づける大事な役割をはたしているとおもった。内部空間に関してもそうであるが、看板や外部に表示されるサインを大きな役割をはたしており例えば「スターバックスコーヒー」や「マクドナルド」と言われれば大部分のひとがその文字をぼんやりとでも想像できる。人の記憶に働きかけ、思い出させることができるサインは人と程よい関係で存在しているサインではないだろうか。今回の講義ではただ壁に書かれたサインだけでなくポールが動いたり立体的な矢印のサインが紹介されていた。また、書いてあるだけのものでも壁から床にかけ矢印が描かれているものもあり、ただ壁に書いてあるものに比べ躍動感があると思った。実際にポールが動いているようなものより書いてあるだけなのに動きがあるものは不思議な力があり、人の心に訴えかけるような効果があると思った。程よい関係性かは分からないが興味深いと思う。サインと建築の程よい関係は簡単には決められるものでないと感じた。だからこそ面白いと思う。
「イージーに」 〜サインと建築のほどよい関係 06D7076 中條貴彰
この前新宿の東急ビルで、おばさんたちが建物の案内板を三秒くらいしか見ていないにも関わらず、
「なにこれ、全然わからないわ~」
「ほんとね~誰かに聞いちゃいましょ、行きましょ行きましょ」
などと言ってそそくさと案内板の前を通り過ぎていくのを見ました。どんなにわかりやすく簡略化されたサインも、最速を極めんとする屈強なるおばさん達には通じないのではないかな、と不安を感じた瞬間でした。
そんなことを思いだしながら今回の宮崎先生の講演を聞いていたのですが、私達が普段目にするようなサインとは一味ちがった数々のサインを見せていただく中で、サインと建築のもつ関係性をはじめて感じたように思います。普段からサインというものを意識していなかったわけではないのですが、サインが建築とどう関係しているのかというのはまったくと言っていいほど意識したことがありませんでした。
宮崎先生の紹介してくださったサインと建築の様々な関係はとても興味深いものでした。KOLUMBAの美術館のようにサインを徹底的に減らしたものは、建築に対してサインがあまり主張しない代わりに、サインがもつ文字本来の魅力を引き出しているように思いましたし、office『Tag』は建築とサインとが一体となって存在を互いに強調しあう関係がそこには生まれているように思いました。さらにTagの場合、tagの文字が家具として三次元的に空間にあらわれることにより、二次元的なサインにくらべて、『Tag』という建築に統一感を生み出すための、いわゆる装置的サインにもなっているように感じました。
同じ三次元的なサインでも床壁一体のサインはこれとは違い、壁=情報、床=誘導という役割分担がなされているユニークなデザインだなと思いました。また『Tag』のそれとは違いこのサインは建築に統一感を生むようなものではなくて、見る人にわかりやすくという意図が伝わってきました。そのせいか建築に対してサインがもつ存在感が強いように感じ、建築を選ぶサインだとも感じました。
そして宮崎先生が言っていた矢印と建築は切っても切り離せない関係にあるという言葉は、なによりサインは人のためにあるという事と深く関係しているのだと思いました。そして矢印というサインがどれだけ建築と調和し、人々をわかりやすく誘導できるのかという事が冒頭でのべたような、屈強なおばちゃん達を容易に誘導するために必要なことのように感じました。むしろそれしかないのではとさえ思いました。
サインは建築内だけでなく、現在複雑化する都市の中でもかかせないものとなっています。それにたいしてより複雑になってしまいがちなサインを生み出すのではなく、見ればわかる、そんなサインを私たちは求めています。その中で建築、あるいは都市とサインのほどよい関係を見つけ出していくことの難しさを私は今回の講演を通して感じました。矢印のようにトイレのマークや、パーキングなど客観的に見て誰もが理解できるようなサインが少しずつ認識されてきたように、少し複雑になっただけでサインを見ることすらあきらめてしまう屈強なるおばちゃん達をもうならせるようなサインが増えていくことを私は楽しみにしています。
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DATE : 2008年11月17日
レポート W-studio (テクスト:塚田、ブログ作成:新倉)
写真提供 宮崎 桂
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第6回 藤江 和子さん
http://archiforum.exblog.jp/10487556/
2009-01-02T02:09:07+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2009-01-02T02:10:04+09:00
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2008
ご講演はまず、「家具・建築を通した身体のあり方について考える」という藤江さんのお言葉と、オープンスクールである加藤学園初等学校(1972)の紹介から始まりました。子どもたちが木製のロッカーの上で楽しそうに立ったり座ったり、まるで遊具のように使っている印象的な写真を見せていただきました。家具デザインの際に藤江さんが“身体”について大切にされていることが、この一枚の写真を見ただけでも一気に伝わってくるような気がしました。
続けて、代官山ヒルサイドテラスの家具による間仕切りシステムや、代表的なシリーズ作品「くじらシリーズ」「万華鏡シリーズ」「モルフェシリーズ」、建築家の方とコラボレーションされた作品「リアスアーク美術館」「島根県立古代出雲歴史博物館」など、建築設計の規模まで手がけられた「福砂屋 松ヶ枝店」、また大学での作品「福岡大学A棟」など数々の作品を紹介していただきました。
藤江さんのお話の中には、例えば「くじらシリーズ」の“板の厚みに触れる”や、「桐蔭学園メモリアルアカデミウム」の照明・空調・ベンチ・手すりなど様々な役割を果たす“人の行動をうながす壁”、「茅野市民館」での茅野の自然風景を隠さず“体感できるような家具”、「多摩美術大学図書館」の“本の森の中を歩き回るイメージ”“建築とできるだけくっついた家具”という、思わず実際に行って触れてみたくなるようなコンセプトが登場しました。藤江さんご自身も学生たちに、「とにかく実際に行ってみて下さい」「スケール感、距離感を身につけて下さい」と何度もおっしゃっていましたが、それは家具が建築を“体感”するものであるという藤江さんの意思の表れなのだと思います。
くじらシリーズ「東京歯科大学水道橋ビル No. 20 TDC」(1988-1990) 全景
大空間の中に、ひとつのアート作品のような存在感でたたずむ。“板の厚みに触れる”ことのできるベンチ。
くじらシリーズ「東京歯科大学水道橋ビル No. 20 TDC」 ディテール
「桐蔭学園メモリアルアカデミウム Function wall」(1997-2001)
受付窓口、カフェ、厨房など様々な機能が集約された“人の行動をうながす壁”。家具と建築の間のような規模の作品。
「茅野市民館」(2002-2005)
茅野駅駅舎に直結した細長い空間の図書館に、茅野の風景を “体感できるような家具”がデザインされた。
「多摩美術大学図書館」(2006-2007)
この建築の特徴である目線より上のアーチを活かすため、高さを抑えた曲線の本棚。図書館が“本の森の中を歩き回るイメージ”になるよう計画された。
最後に質疑応答の際、家具をデザインしやすい建築はどのようなものか、という質問がありました。その際、「空間にメッセージのある建築」という藤江さんのお答えはとても印象的で、学生たちは改めて引き締まる思いになったのではないでしょうか。藤江和子さん、貴重なお話どうもありがとうございました。
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以下、学生のレポートです。
「究める―身体をとおして」を聞いて
g06d7033 川西乃里江
今回の講演を聞いて、家具への考え方が少し変わったような気がする。
まず、藤江和子さんは家具デザイナーという肩書きではあるけれど、椅子や本棚といった一般的な家具から、家具というよりは建築に近いようなものまで、たくさんの作品を手がけていて、しかもその作品一つ一つがアートとしても成り立つようなもので、家具とひとくくりで言っても本当に数多くのものがあるのだと感じた。
また、今までは、家具自体がもつフォルムのことを家具の美しさとして認識していたけれど、家具と建築が織り成すハーモニーのようなものにも美しさがあるのだと感じた。
藤江さんの作品は、空間に何かを発しているアートのようなものであった。その場所にその家具があることで発生する人と人とのつながりや、人と環境との関係が深く考えられていて、なんだか建築と似通った点があると思った。
藤江さんはものを“つくる”ということへの強いこだわりを持っている方だ。万華鏡シリーズがコンピューターの発達によって簡単に作り出せるようになり、その形態への興味が薄れたとおっしゃっていた。コンピューターは短時間で数多くの形態を生み出すことができるけれども、やはり、手を使って生み出すということは作品に魂をこめるような作業であって、作品への愛着が増すのだと感じた。
最近、建築が家具化しているが、藤江さんの作る家具は、家具の建築化といえるだろう。私は、この二つの現象はとても良いことだと思う。ハコの中にあるオモチャのよう自由に出し入れできて、いつでも交換できるという建築と家具の関係から、その場でしか成立しない家具(家具建築)、その空間を利用する人にこそ使ってほしい家具といったような家具と建築の関係に魅力を感じる。
藤江さんは家具を作る際に、建築家の意図を読み取るとおしゃっていた。建築を作る際にも敷地を調査したり、その場に隠れている背景を読み取って設計していく。家具の場合は、その作業がひとつ内側で行われている。
家具が生み出すその場の空気が建築をよりいっそう引き立たせ、また、家具によって人間の普通の生活を生み出しているということを発見できた。
そこにかくれているもの
~藤江和子さんの講演を聞いて~
06d7095 福井健太
藤江さんが講演を始めるや否や発した言葉に「メモを取ることより、自分で、講演についていろいろ考えて欲しい。」という言葉があった。私は、メモはやはり必要なので取っていたが、なるべくその場その場で藤江さんがおっしゃったことについて考えることにした。
今回の講演を聞き終わり私が一番深く感じたことがあった。それは、“くじらシリーズ”、“万華鏡シリーズ”を話し終えたときにおっしゃられた言葉であった。
「コンピュータが、ものづくりをおもしろくなくしている。」
私たちの生活に今や欠かすことのできなくなったコンピュータのことだけあって少し驚いた。とは言っても多くの場で言われていることでもあるだろう。藤江さんがここに込めた言葉の意味を探っていき、ある一つの結論にたどり着いた。
“くじらシリーズ”と“万華鏡シリーズ”の説明を終え、その当時、藤江さんの事務所にはまだコンピュータが導入されていなかったことをあかし、それまで、全て人間の手でものづくりをしていたとおっしゃった。今までは人間の手作業でものづくりをし、たいへんな労力と時間がかかった。しかし、コンピュータの導入により、手作業がなくなり、時間が短縮された。しかし、その代償にコンピュータを使えば誰にでもどこにでもしかも短時間でデザインされてしまう。藤江さんはこのことに対してものづくりの面白みを失い、今ではくじら、万華鏡、両シリーズに対する興味を失ったようだった。私は製図のクラスで、韓先生のクラスであるが、韓先生がふとこんなことをおっしゃっていた。
“顔のないもの”
きっと藤江さんも同じ事を考えたのではないかと私は考えた。人の手で作り上げたものにはその人の思いが詰まっていて、きっと顔のあるものができると思う。コンピュータという便利さの代償に顔を失ってしまったものたちが地球上にいくつあるだろうか。
そのような思いから、藤江さんの作品を見ていくと、モルフェシリーズに入ってから、形が抽象的になってきたのではないかと思った。そして、その家具には人間の次の行動を予感させるものであったり、家具の配置・幅・大きさを考えることにより、人と人とのつながりを考えたりといった、今までよりいっそう身体を通して、物事を見たり、考えたりした物になっていったのではないだろうか。私はそのように考え、藤枝さんという人物と藤江さんの作品を見て、考えてみた。
家具はINTERFACEであり、INFLUENCEである。いきいきと活動する人々のいる風景を生むために。
家具にはこれほどまでの見えないパワーを持っていたのだということに改めて気づくことができたし、何よりも、自分が体験して、そのときの感覚を大切にすることがこれからの課題にも役立つのではないかと思った。
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DATE : 2008年11月10日
レポート W-studio (テクスト:円城寺、ブログ作成:塚田)
写真提供 藤江和子
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第5回 小谷部 育子さん
http://archiforum.exblog.jp/10351242/
2008-12-16T16:12:53+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2008-12-16T16:13:49+09:00
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2008
小谷部さんが設計、プロデュースした日本初の多世代型コレクティブハウジングである「かんかん森」の話から始まりました。
ランドリー、ゲストルーム、コモンリビング、コモンミール、工作スペース、キッズスペース、菜園スペース…などのたくさんの種類の部屋があり、「個人暮らしではできない暮らし方」ができるというものでした。
ランドリー
コモンリビング
工作室
その中でも週3回のコモンミールの時間で同じ釜の飯を食べることで、一般的な集合住宅ではなかなかできない人間関係を形成できます。
住人の中には「おかえりと言ってもらえること」のうれしさをおっしゃっている方もいました。
コモンミール
かんかん森には「がんばること住む人分の1」「楽しいこと住む人倍」というキーワードがあります。現在住まわれている方はこのキーワードのように苦労と喜びのある、日々変化のある生活を楽しまれているようです。
小谷部さんは最後に
「コレクティブハウジングという暮らし方は過ごしやすいと感じる人も入れば、そうでない人もいることを忘れてはいけません」
とおっしゃっていました。
数ある暮らし方の中の1つであるコレクティブハウジングを紹介していただき、自分にあった暮らし方について考えるとてもいい機会になりました。
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以下、学生のレポートです。
新しい住まいのかたち~小谷部育子さんの話を聞いて~
06D7003 阿久津 栄将
・コレクティブハウジングとは
コレクティブハウジングとは住戸と共用空間が一緒にあり、住人と住人とが緩やかにつながり一つ屋根の下に集い暮らしていく一種の集合住宅のことである。コレクティブハウジングは将来、戸建住宅、集合住宅に並び3つに大別される住宅タイプになるだろうと言われている、新しい住宅形態である。
コレクティブハウジングの考え方は「保育などの女性の家事から開放」と「子供たちに社会的に望ましい環境を与える」ことである。これによってコレクティブハウジングに住まうことは子供と家族の問題を解決する1つの手段といえるのである。
コレクティブハウジングの暮らしの理念は、住戸の延長に協働空間があり、個人の自立、自由の確保、その上で生活の一部を共同化、空間の一部を共同化であり、さらに主体的参画と協働である。そして1つのコミュニティを造り育むことである。
・コレクティブハウジングの歴史
コレクティブハウジングの発生は1970年代のスウェーデンである。当時女性の社会進出が盛んになってきたスウェーデンで、女性のためのライフスタイルを確立するために考案された考えである。
当初は居住者の公的住宅への民主的参画をし、仕事と子育ての両立や環境共生など居住者による集合的解決を目指す居住運動から始まった。
その後ビッグコミュニティに住むモデルへと変化し、協働や所有面積を少しずつ出し合ってコモンスペースをつくり出した。
日本ではあまり流行らなかったが2001年に計画が開始され、2003年にコレクティブハウスとして日本で最初の「かんかん森」がスタートした。
しかし現在でも日本で本格的にコレクティブハウジングといえるのは3つ目が着工した程度である。
・コレクティブハウジングで暮らす
人間と人間とが共に暮らすときいろいろな問題がある。その1つが文化の違いである。大きく分けて、男女の違い、世代の違い、人種の違いなどがありさらに細かく分けていくと、職業の違い、宗教の違いなどである。しかし多文化交流は新たな文化を創造する可能性を持っている。だから共生を目指しお互いを尊重しあうことが重要である。
上記のようなことから「みんなで計画してつくる」ということがとても重要である。住む人が設計し、暮らしながらつくっていくのである。決して多数決で決めず定例会などで一人ひとりの意見を尊重することが必要である。そして違う考えや、価値観に出会い互いに成長していくのである。
・かんかん森
かんかん森とは日暮里にある、日本で一番初めに始まった賃貸集合住宅のコレクティブハウジングである。
かんかん森には2DKや単身者用やルームシェア用など様々なタイプの住戸が含まれており、家賃は8万から17万程度である。またかんかん森には仕事やパーティをすることのできるコモンスペースや、業務用の鍋などが置いてあるコモンキッチンや、4台の洗濯機が置いてあるランドリールーム、工作テラスや菜園テラス、キッズルーム、来客ルームなどが備わっている。
週に3回のコモンミールと呼ばれている合同夕食が行われ、そこでたくさんの人と人間関係を育んでいる。またコモンスペースの掃除や庭の手入れなどもみんなで協力してこなしている。誰かが特別な権力を持つわけではなく、みんなでかんかん森をつくっているのである。
かんかん森のキャッチフレーズは「がんばること住んでいる人分の1、楽しさ住んでいる人倍」である。これはとてもすばらしいことである。みんなで協働したり話し合うことでこれが実現されているのである。
かんかん森とは人間関係のあるマンションで、新しい出会いをし、友達でもなく家族でもない新しい関係を築き、毎日が同じことの繰り返しではなく、毎日が新しい貴重な体験ができる場なのである。
・講演を聞いて思ったこと
今回小谷部さんの話を聞くまで私はコレクティブハウジングというものを知らなかった。だからこの話を聞いて、住形態にはこんなものがあるのだとか本当に感動の連続だった。
中でも一番感銘を受けたのが、かんかん森では友達でもなく家族でもない新しい関係が築けるということである。これは普通に戸建住宅や集合住宅に住んでいては絶対に築けず、かんかん森のようなコレクティブハウジングでしか成しえないと思う。
小谷部さんがコレクティブハウジングは将来、戸建住宅と集合住宅に並ぶ住まいの形態成るであろうと言っていたが、確かにそうであると思う。今日の生活ではよく隣に誰が住んでいるかわからないなど地域のつながりがどんどんと薄れてきていると思う。なのでこのつながりを復活させる簡単な方法として、コレクティブハウジングに住まうことはとてもよいことであると思う。また伝統の技のども老人と暮らすということで受け継がれていくと思う。だから子供たちにとっても、間近で伝統芸が見られる可能性があり、とてもよいことだと思う。それに老人たちにとっても、誰かが常に近くにいるため一人で暮らしているよりずっと安全であると思う。
しかしコレクティブハウジングの住形態が合わない人もいるだろう。だからどんどんコレクティブハウジングを増やせというわけではない。だが日本でも将来確実にこの数が増えていくだろうと思う。コレクティブハウジングにはたくさんの魅力があるからだ。
「住まい方の提案」
06D7062 柴 侑里
〔講演のポイント〕
○かんかん森(コレクティブハウジング)
・コモンスペースとは居住者の共有の場である。
・住戸の型種が様々で単身者、家族、シェアなどそれぞれの住まい方が出来るように作られている。
・コモンスペースには様々な機器、家具、道具があって自由に使うことができ、空間だけではない共有を行い、その管理も居住者たちによって行われている。
・コモンミールなどの居住者同士のコミュニケーションの機会が設けられている。
・人間関係のあるマンションのようなものである。
・他人、家族ではない新しい関係があり、子育てにとっても望ましい環境がある。
・かんかん森は初期の入居希望者とNPOによる話し合いやワークショップを経てつくられた。
・同じ建物内の診療所、保育園でのつながりや前庭の整備を行うなどのイベントを通して、ハウス外との交流の場を得る。
○コレクティブハウジングについて
・スウェーデン発祥で、女性の社会進出が増える中で、家事など生活のことを助け合う関係を作り出す為に考えられた。
・コレクティブハウジングにおける性差や年齢、障害などを文化の違いと捉えたとき、多文化交流の中で新しい文化創造が生まれる可能性に期待が出来る。
・使いながらつくる場所である。
・昨今の家族の在り方は、各家庭の孤族化、生活の孤人化を招き、少子化などの社会問題を引き起こしている。
・コレクティブハウジングにおける保育や食事など、家事の協働化は、女性の解放、家族の孤立化による子供教育の救済となり、子供と家族の問題を解決する手立てとなる。
・住戸としての独立した個人の場と、住戸の延長の共用の場の二種在る。
・個人の生活はシンプルに、社会生活は豊かにしようとしている。
・居住者が主体的に創り育む集住態である。
・建築家は空間の配置構成や環境計画を行うが、つくりこむことはしない。
・動線計画は、居住者のプライベートとパブリックの感じ方に関係があり、複数化することが重要である。
・住人の入れ替えによる新陳代謝が新鮮なエネルギーとなる。
・居住者には、自主性、積極性が必要である。
・コレクティブハウジングでは、自分たちで暮らしの環境をつくるということが重要であり、そうすることによって、愛着が湧く。
・建築家は「住み手がつくっていく家」を提案するという立場から、企画やリーダーシップをとることが役目であるが、その主体を徐々に住民へ移していく。
今回、小谷部さんに「コレクティブハウジングという住まいのかたち」という題で講演していただいた。
理想の住まいを考えるとき、そこが住む人にとって一番の落ち着きや居場所感を提供できる、温かさや優しさを持つものが浮かぶ。それら温かさ、優しさといったものは、家の佇まいや光の明るさ、緑など感覚的に感じることの出来るものと人と人のつながりによって感じられるものが挙げられると思う。人がどこかに住むとき、家族はもちろん、隣人や同じ町の人々と同じ地に住むという関係が生まれる。昔は、人は住む地で寝食をし、働き、それによって周りの人たちとのつながりが必然的に生まれ、その関係を大事にしてきたのだと思う。しかし、現在は住むことと働くことは別の地で行われる。だから同じ町、地に住む人との関係は作らなくても何の支障もなく生きていくことが出来てしまう。人とのつながりは生きることを豊かにするものだと思う。逆に、つながりが途絶え、独り、家族単位でだけの住まいの場は、得ることの出来るはずの豊かさを生み出せず、淡々としたひんやりとしたもののように思える。今回お話していただいたコレクティブハウジングは、人とのつながりによってつくられ、それによって、今までの住まいが失ってしまったつながりによる温かさを持っていたと思う。周りの人とのつながりが、独りではないといった安らぎや思いやるという意識を生み、毎日の生活を穏やかで豊かなものにしていると感じた。
住まい方を提案することで、人に豊かさを生み出させることにつながる。建築を考えていく中で、プログラムが人に対し、いかに作用するのかとても重要なことだと思う。プログラムによって人を生き生きさせることも出来るし、人が流れるだけのつまらないものにもなってしまう。プログラムによって存在意義の有無が問われるのではないか。建築のデザインは人の行動をデザインすることに近いと思う。どんなふうに感じてほしいのか、どんな行動を発生させたいのか、つながりを生み出したいのか。建築はその思考が充分に成された上で、かたちとなって成り立つべきなのだと思う。
小谷部さんがおっしゃった「人が建築をつくり、建築が人をつくる」という言葉が印象的だった。かんかん森の定例会で、居住者全員が交代で司会をされるという話があったが、司会なんて出来ないといっていた方がここで暮らしていくうちに出来るようになっていくという変化がとても魅力的に思え、プログラムの中で生活していくことが価値観や姿勢を更新したように感じた。住まい方を提案し、空間を提供するということが建築家の出来ることであり、そしてつくられた後は建築が力を持ち、そこにいる人々を変えていく。生活スタイルの変化によって失われてしまうものを今までには無かった方法で補うことを可能にする。住まい方を個に考えてしまいがちな中でも、生活を豊かに育んでいくかたちを変化に対応しながら提示していくことがこれからの家には必要だと思った。
コレクティブハウジング ―住民と家、そして建築家―
06D7128 輪島 梢子
コレクティブハウジングという住居形態について、私は今回の講演で初めてその存在を知りました。というよりも、共同居住型集合住宅というものがきっとあるのだろうということを思いつつも、きちんと名前がついているということを知らなかったのです。しかも、今までに思い浮かべるものといえば、いわゆるゲストハウスというような、学生や単身者に住民の層を絞ったものです。
様々な地域から集まった様々な世代、家族構成の人々が暮らしを共にし、新たに生まれる可能性を手にしていく、という考え方は一見これ以上ないほど素晴らしく感じますが、地域のコミュニケーションが希薄になった現代で本当に、持ちつ持たれつという関係を持続していくことが可能なのか、という風に、疑り深い私は感じてしまうのです。
多世代型の共同住居の存在を見聞きしたとしても、今回の講演のように、基本理念、目指すところ、住人の暮らしぶり等を詳しく聞く機会がなければ、上記のような考え方は払拭されずに、私の中でひとつの可能性を殺してしまっていたかも知れません。
それほど、今回の講演で説明されたコレクティブハウジングの成功は、私にとって意外なものでした。人間同士のコミュニケーションの成り立ちを、私自身かなり複雑に捉えていた、ということの再発見にもつながりました。
そもそも家族という観念について、「家と人」という対のものがそれぞれ単独で存在している、という固定観念として存在していたために、もっと柔らかな発想を見いだせなかったのだと思います。小谷部氏が言うところの「個・孤」の促進が進んだ現代において、言ってしまえば当たり前の考えを持っていた、ということになるのかもしれません。
新しい住居形態であるコレクティブハウスですが、かんかん森の場合は設計段階から住民が携わり、みな自ら暮らしを決定しているというお話でした。どれだけのコモンスペースを作るのか、週3回のコモンミールの継続は可能なのか、という検討、そしてそれぞれの得意を生かした担当の配分、3ヶ月に1度の掃除当番というような運営方式、皆が負担に思わない適当なラインでコミュニティを形成していく。この形態を知り、私が持ったイメージは「家」というよりも「村」でした。村には様々な人がいて、かつプライベートを守りながら共存していく、というイメージです。
そして住民が空間を形成していく限りにおいて、建築を勉強する私にとっては複雑な問題ですが、建築家は全くと言ってもいいほど必要ないのでは、という考えに行き当たりました。もちろん、ベースとなる建物を設計する「建築士」は必要なのでしょうが、匠としての「建築家」は、もはや出る幕がないのではないかと。もしその必要性があるとすれば、住民の暮らしをよりよくしたいという考えに基づき、住民と直に接することのできる専門的なアドバイザーとして、その存在価値が現れるのではないでしょうか。
私自身の率直な感想として、コレクティブハウジングという住居形態は、地域のつながりが希薄になった現代において、推奨されるべき形態だと思います。さらに色々な地域にコレクティブハウスが生まれれば、住民の意識が少しずつ変わるかもしれないとも考えます。
しかし、現在の形態に建築的提案が新たに加われば、また違った可能性が生まれることは確実です。建築家がその「村」の引率者となれば、建築という物質だけではなく、暮らしをも設計するものとして、自身新しい分野を得ることができると考えます。
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DATE : 2008年10月27日
レポート W-studio (テクスト:鈴木、ブログ作成:円城寺)
写真提供 小谷部 育子
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第4回 平田晃久さん
http://archiforum.exblog.jp/10343351/
2008-12-15T16:00:19+09:00
2009-10-08T22:40:00+09:00
2008-12-15T16:01:15+09:00
a-forum-hosei
2008
第4回の建築フォーラムは建築家の平田晃久さんに講演していただきました。
平田さんは、1997年に京都大学大学院工学研究科修了後、伊東豊雄建築設計事務所を経て、2005年に平田晃久建築設計事務所設立し、活躍しています。今回の講演では「空間の自然」をテーマに、自身のたくさんのプロジェクトを説明を交えて講演をしていただきました。
はじめに、平田さん自身がどのようなことを考えて建築を作り上げていくかの説明をしていただきました。
まず、無関係性(SKY)・原理性(SEED)・立体性(PLEATS)
という三つのキーワードをもとに考えているそうで、
森の中の奥行き感で例えると、
SKY →木の下で涼んだりするのは気持ちいいが、
木はその涼んでいる人のためにその形になったのではない。
SEED →内発的な原理で外とつながる。
PLEATS →空間的地形でつながる。
このような何らかの形で、今まであったかもしれないものを明確化していくことで、従来の建築を飛び越えていくことはできないかと言うことを考えて設計を進めていくそうです。
桝屋本店
珊瑚礁の中の見え隠れする「見通せない」空間を建築化しました。
House S
屋根がどんどん分岐して空間が創りだされます。
Chair csh
ヒダをコンセプトにつくられた椅子です。
Gallery S
同じく、ヒダをコンセプトに空間を創りだしギャラリー空間にした
ビルディングです。
このような、たくさんのプロジェクトを通して、新しい空間をつくろうとしていること、コンセプトがぶれていないことが平田さんの建築の空間を強くしているのだと感じました。
平田さんが今後どのような新しい空間を作り上げていかれるのかがとても楽しみです。
以下、学生のレポートです。
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06d7024 大石 涼介
奥の無い建築 ~平田晃久さんの講演を聞いて~
奥行きと聞くと、私は何故か無限性をイメージする。今回の平田さんの講演はまさにその無限性を示してくれた。奥行きを辞書で調べてみると『表から奥までの距離』と書いてある。しかし、平田さんが紹介された建築を拝見してみると「奥」の定義が難しい。
例えば 枡屋本店(Showroom-H) では、お客さんにパッと商品全部を見せると売れなくなるという話を聞いて、平田さんは一度に全体を見渡せない状態で移動させることを考えた。四角形を斜めに割った三角形の壁で、先が見えるそうで見えない不思議な空間をつくり出すことによって歩くたびに全く違う光景を見せると同時に様々な気配を感じさせてくれるジャングルのようになっている。不思議なことに、この建築には奥が感じられない。壁が半分切り取られていることによって周囲の様子や景色と一体感があるように感じられる一方、半分閉じられていることによって、今自分がいる位置とは違う世界にも感じられる。このような世界を醸し出す三角形の壁に囲まれ、どこまでも空間が広がっているように感じられる。この原理はHouse-Hや安中環境アートフォーラムでも活かされている。
独自の世界が広がっていながらも、周りと何かを共有している。その連なりによって奥という定義を作らせない。このような空間は、森や、入り組んだ地表のような自然に多く見られたものだ。そこで人間も含む動物は、身を守りながらも周りの様子を認知していた。だが、機能主義や、ユニバーサルスペースなどを始めとした建築概念によって空間が閉じられ、その自然性は失われてしまった。そのなかでShowroom-Hや、House-Hに現れているものは空間的地形であり、そこには無意識ではあるが人間の本質的なものが含まれている。
また、奥のない建築には立体性も感じられる。それは先ほど述べたような、繋がっているのに見えない空間も当てはまるが、pleat(ひだ)によっても生じてくる。一見、ランダムに広がっているように感じられるpleatも、木の枝が光合成のために表面積をとり球状に広がるように原理性を持っている。pleatは、人や建築に必要なものを満たす、あるいは発見するための可能性を秘めている。例えば広がっていくことによってパブリックやプライバシーのどちらにも偏ることなく空間を作り出したりして、沢山の関係性を見出す。また平田さんが考案した椅子にも、身体に触れる部分と構造の部分でpleatの曲率を考慮し原理性をたくみに活かしてデザインされている。
軽井沢の別荘として考案されたHouse-Eでは、屋根がそのまま住宅となっている。水を流すという点においては山脈も屋根も原理が同じだということから、自然界の普遍性を見事に取り入れている。人は空を見て安心感を得るが、空は人の活動とは全く関係なく存在し別の生成原理をもっている。平田さんはこれを設計のプロセスでは「無関係性」と考え。その「無関係性」を建築に取り入れることによって揺るぎ無い価値を生み出している。
私は奥があると建築だけにかかわらず様々なことに制約が出てくると思う。言うまでもないが、自然界には奥は無い。しかし人間によって「奥」は作られてしまった。平田さんはこのような奥を取り除いてくれる建築を創造している。
06D7068 高瀬 大侍
自然界のバランスをもつ建築 -「空間の自然」を聞いて-
雑誌などで平田さんの作品を目にするときに感じていたのは、カタチの面白さばかりであった。有機的、または複雑な幾何学の建築。見た目だけだと思っていたので、今まで興味はそこでストップしていた。しかし今回の講演で、平田さんの作品の内部を体験してみたい!と強く感じた。カタチはもとよりそこで起こる行為や現象が平田さんの建築の魅力なのだと気づいた。何が起こるか予想し得ない、体感する建築なのだと感じた。
そのような印象を受けたのは、やはり自然と建築の間の「曖昧な部分」からその普遍性を探そうとしているからなのだと思う。講演の冒頭で見せていただいた絵画では、人工物である建築が自然と対立しているようでもあり、溶け合っているようでもある、まさに矛盾や曖昧さが現れていると感じた。人が手を加えていない自然でのハッとする体験も多いが、その自然と人工物の「曖昧な部分」から発生するハプニングはその体験とも違う、まったく予想できないまさにそこでしか経験できないものだと感じる。東京のように合理的な部分ばかり重視する、人間が理性で作り出した建物に囲まれている私たちにとってその「曖昧な部分」での経験は、鈍っていた部分を刺激されるような、本能的な興味が湧き上がる空間なのだと思う。
またさらに面白いと感じたのは、そのようにして起こった人間の行為が絶妙に配置された空間とそのつながり方によって別の空間の人間にも影響を与えることだ。キャベツの葉の隙間の空間のように繋がっているが見えないSpace同士で、別々の行為が影響しあい意識してないとしてもそこには関係性が生まれる。その人間同士の無意識のつながりこそがまたその空間を豊かにしていくのではないか。その相乗効果が建築をさらに魅力的にしていると感じた。
自然界の驚くべきところは、その「バランス」であると思う。循環であったり、連鎖であったりを繰り返しながら絶妙な均衡を保つ「バランス」の良さである。そのバランスが失われた場所は、砂漠となったり生物が暮らせなくなったりと場所としての生気が失われる。逆にバランスの保たれた場所は緑豊かで生物の生き生きとした活力がみなぎる場所である。平田さんは「無関係性」「原理性」「立体性」という言語を用いて自然の秩序からそのエキスをくみ取り、この自然界のバランス感覚を建築で実現しようとしているのではないかと思う。平田さんの作品は、カタチや構造、空間と空間、別々の人間同士の行為、どれも自然から学び取った「バランス」で持ちつ持たれつ成り立っている。このバランス感覚を建築によって体感できれば、自然をコントロールしようなどという発想も生まれないのだろう。
ひとつ気になったことがある。建築の中に谷を作ったり、森の中のような体験が起こる場所を創ったりされていて楽しそうだと感じたのだが、その建築が建つ前の元々の場所の環境や歴史はどうだったのだろうということだ。谷や森があった場所なのだろうか。もしそのように元々の自然環境に即してカタチを決定しているのであれば、さらに面白いことが起こるのではないかと感じた。その場の環境に沿うことで周囲との関わりが生まれ、先ほど述べた「バランス」がその建築内だけに留まらず、建築と建築同士、町と町同士と作用し持ちつ持たれつの関係が成立するのではないか。広い範囲で豊かな環境を作るヒントもこの「バランス」感覚にあるように思う。
06D7080豊田 彩乃
自然≠建築 自然≒建築 難しいので読み替えた ~空間の自然を聞いて~
平田晃久さんの空間の自然と題した今回の講演では、平田さん自身が自然から数多くのことをピックアップし、そのアイテムを使って様々なプロジェクトを進めていった様子をご紹介いただいた。今回の講演の前半は具体的な話ではなく、考え方や思考手順をお話いただいたのだが、個人的にはその部分のお話が非常に難しく、言葉の面で然り、内容で然りといった具合であった。内容を理解するためにいちいち自分でお話を読み替えていくことにした。いまでも度数とラジアンをいちいち度数に換算するように、意外と受け手にとっては、これが一番吸収しやすいのである。
なかでも、一番読み替えをしたのが平田さんの自然的構造物を三要素に大別した部分のそら、たね、ひだ、のお話である。そのなかで、樹木を例にお話いただき、無関係性が、本来の目的とは違って偶然出来た木陰などで人が休むことということであったので、つまりは偶然の結果といえるであろう。次にひだについてだが、ひだは立体性のことであるが、原理性の結果であるとお話いただいた。すると、私にはたねの原理性がいまいち理解できないのだ。葉や枝の伸ばし方のルールとお話いただいたが、これをうまく建築的解釈することが出来ないのだ。いったんはこの原理性を構造的合理性と近い意味なのかと言い換えたが、どうもそれだけではないようだということまでわかった。構造的合理性と読み替えると、葉や枝が伸びていく配置や理由が説明でき、さらにそれに倣って建築の分野でも、合理的な構造体配置や荷重配分をすることが可能になるだろう。ただ、上で述べたように平田さんの原理性にはただ構造の面だけではない意味が含まれているように感じられた。では一体、建築の原理とは何なのだろうか。
建築の意匠的な部分で何か原理などあるのだろうか。原則なら多く存在しているであろう。利用者の快適性や利便性を考えることなどが原則といえるだろう。ここで注意しておくと原理とは、物事の根本にあってそれを成り立たせる理論・定理のことである。つまり建築意匠に理論的理由が必要なのかということである。平田さんはそういったことに基づいて計画を進めているようであるが、わたしはこういったことは感覚に頼る面がおおいと思っている。仮に形状に理由があるとするなら、それは意匠的な理由ではなくて、構造的な理由である。
意匠的な理論が仮にある場合は、それは発見するものなのか、自分で定義するものなのか、理論・定理というくらいなのだから自分で定義するのは間違っているであろう。では、発見するもの、つまり現段階で発見しえていない未知の要素に期待して、考えていこうとしていることは間違いではないのだろうか。まだ曖昧な建築言語を活用して建築を育てていきますと宣言することは、あまりに無責任なのではないだろうか。ここまで書いてひとつ気がついたのだが、今から発見するであろうものではないのだ。普段から建築の種になりえるであろう言語をストックしておいて、その中から計画を進めていくのに最も適したものを選ぶべきだったのだ。そのための日ごろのスケッチ、講演会の聴講であった。この部分に関しては自己解決であった。
しかし以上より、自然的構造物を三要素の原理的の読み替えは、はたして一体なんであったのだろうか。とりあえず構造的合理性だと思ったままで、良いのだろうか。
質問したら解決できたのだろうか。
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DATE:2008年10月20日
レポート W-studio(テクスト:久保田亘、ブログ作成:鈴木雄介)
写真提供 平田晃久
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第3回 稲葉裕さん
http://archiforum.exblog.jp/10181170/
2008-11-22T00:59:57+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2008-11-22T01:00:47+09:00
a-forum-hosei
2008
第3回の建築フォーラムは照明デザイナーの稲葉裕さんに講演していただきました。
稲葉さんはヤマギワ、LPAを経てforlightsを設立。現在照明デザイナーとして活躍しています。今回の講演では「光を操る」をテーマに様々な光について自身のプロジェクトを交えながらお話していただきました。
「人類はつい最近まで自然光で暮らしていた」という言葉から始まり、照明の歴史を簡単に説明していただきました。1940年に蛍光灯が出現するまで人類は自然光を中心とした生活をしていたのです。
次に照明デザイナーという仕事について紹介していただきました。
・照明器具をデザイン
・舞台照明をデザイン
・インテリアや建築/都市照明をデザイン
主にこのような分類がされており、建築の照明は設備設計やメーカーの担当者が行うことが多かったそうです。新宿NSビルをきっかけに建築照明という位置付けが一般化してきました。
今回のメインテーマである「光を操る」では、
反射させる・当てはめる・隠す・伸ばす・遊ぶ・散りばめる・染める・動かす等々、様々な手法が次々に登場し、その光の多様さに驚かされました。
「光を当てはめる」
光を対象とする物体に当てはめる、という手法です。
通常ならば拡散してしまう光を「いかにその大きさだけに当てはめるか」工夫を行うため、照明の位置、角度、開口部分の設計が重要となるそうです。
写真は大学のサイン計画で、下のような特殊な器具を用いることで看板に光が当てはめられています。(大学はADH設計です。)
「光に意味を持たせる」
「意味を持った光」を表現したものです。
写真は長崎県原爆死没者追悼平和祈念館で、長崎で亡くなった人の数を光で表現しています。この項目では他にニューヨーク9.11の追悼の光(まっすぐに上空に立ち上がる光)、国際フォーラム(敷地の内外の区別を光で表現)、新宿高島屋(街の行灯)などを紹介していただきました。それらの光は写真からもそのメッセージ性を感じることができ、とても説得力がありました。
最後に「自然光に学びましょう」という言葉と共に、自身が撮影した写真の数々を見せていただきました。色々な手法について話してきたけれども、やはり自然光から学ぶのが一番というメッセージでした。これは冒頭に出てきた「人類はつい最近まで自然光で暮らしていた」という言葉とも相成り、人間が自然と共にあること、人間にとって自然の美しさがいかに心地良いものであるかを再認識することになりました。
今回は照明デザインということで、建築とは少し違った観点から空間を考えることができ興味深いお話でした。
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以下、学生のレポートです。
05D7030 大山幸恵
照明と自然の関係 〜稲葉さんの講演を聴いて〜
今回の講演で考えさせられたことがふたつある。まず、光を扱うということは、形のないモノを使って形のあるものをさらに良く見せるという、脇役的な要素も含んでいることで、照明の難しさのレベルが高くなっている点である。ただ光を当てるだけでなく、必要な所に必要なだけ当てることの大切さ、主役になった時にどう表現するのかという難しさを感じた。もちろん省エネに関しては十分に考慮されなければならないし、脇役であっても主役であっても、その光の意味を伝えることは非常に困難であると思う。普段から写真を撮りためたりすることで、ご自身の感性を高めている稲葉さんならではの作品を数多く知ることで、このように感じた。
私は講演の最後の方に見せて頂いた風景写真にとても感動した。自宅のベランダに干している洗濯物を取り込む時に見えるきれいな夕焼けを、なぜ今まで写真に残しておこうとしなかったのか悔やまれるほどだ。そして、稲葉さんがおっしゃっていたように、照明について学ぶには、やはり自然の光の美しさを再認識することが重要だと思う。それと同時に、どんなに自然を感じ、学んだとしても、二度と同じ表情を見せない自然の雄大な美しさにはどうやっても勝てることは愚か、並ぶことさえできないのではないかと思える。
しかし、唯一、9・11事件でなくなってしまったNYのツインタワーを表現した2筋の青い光の写真を見た時に衝撃を感じ、涙が出そうになった。これは、人間の犯した愚かな行為があり、その上で、人間が祈りを捧げるためにつくり出されたという時間の流れがあったからであり、いきなり広場などで光の筋が現れても何も感じないであろう。
その写真から、稲葉さんがおっしゃっていた、意味を持った光が人に与える影響はとてつもなく大きなものになるのだということを理解したように思う。それゆえ、光が人に与える身体的・精神的影響を良く考えた提案をしなければならず、素晴らしい提案ができると多くの人に感動を与えることになり、その逆も容易に起きてしまう。とても繊細な感覚を要求される仕事であると感じた。
私は「光を映す」という項目で、木に様々な色の照明を当てた作品が好きだ。たくさんの葉を身にまとった大きな木が、照明によって色とりどりの花を咲かせたように見え、美しいと感じたからだ。自然の木ではあり得ないような色の組み合わせが、不気味であり、妖艶に思えた。木という、自然のつくりだした存在に、人工的な美しさが上手く加わった作品をあまり見たことがないように思う。だからこそ、印象的でもあったのだと思う。
この先どんなに科学技術が発展して、あらゆるデザイン的な分野で自由に表現できるようになったとしても、自然の美しさに勝つことはできないと思う。だが、自然が表現できないような、人間の歴史を想わせるようなことや、あり得ないようなことで、美しさやその他様々なことを伝えていくのは面白いのではないかと思う。その時に「地球があっての人間である」ということを忘れたような作品が間違ってもつくられないように、ものづくりに携わる人は、もっと自然を感じて、自然から学ぶ機会を増やしていく必要があるのではないだろうか。これが、講演を聴いて感じたもうひとつのことである。
06D7110 宮城みどり
空間の見せ方 稲葉裕さん~「For Lights」を聞いて~
今回の講演は、稲葉裕さんに照明デザインの手法などを実際の施工例を見ながらお話していただいた。光を反射させる・隠す・伸ばす・染める・動かすなどたくさんの方法について学んだ。そのなかでも「光に意味を持たせる」というお話が特に印象に残った。具体的な例では、長崎の原爆死没者追悼平和祈念館や、国際フォーラムの照明デザインである。原爆死没者追悼平和祈念館では大きな水盤に7万個のLEDを並べることで、原爆で亡くなった方の数を表している。光が広い範囲にまっすぐ並んでいる光景は原爆の被害の大きさや残酷さをわかりやすく伝えていると思った。また、小さいけれどはっきりとしたLEDの光は亡くなった方々の命の尊さを感じさせるのではないかと思う。
一方、国際フォーラムでは、光壁や光床によって領域だとか範囲を示しているそうだ。範囲を示すには、仕切りという考え方だと壁や衝立、カーテンなどいろいろ考えられるけれど、実際に物体で仕切るわけではなく光で空間をわけるというのはとても面白いと思った。
このように、空間を明るくするだけの目的ではなく、特別な意味を持った光というのはとても興味深いものだった。
また、今回の講演を聞いていて去年SDレビューの模型を手伝ったときのことを思い出した。模型作りを手伝った後、会場への搬入にも一緒に連れて行っていただいた。そのときに、プロの照明の方が出展者の方と相談しながら、どのように模型やボードを見せるかということを考えているところを間近に見ることができた。照明の方は模型の見せ所がきれいに見えるように、この角度から○個のライトで照らしましょうというようなことを話していた。そして、実際にライトを動かし角度などを調整していた。確かに照明の角度や明るさによって視線がいく場所も変わるし、影の落ち方も全然違っていた。
そこで感じたのは、特に模型を展示したり写真を撮ったりするときに影の落ち方というのはその空間の印象をかえるもので、意外と大事なことなのだと思った。このように、照明は直接ある一部分だけを照らすこともできるし、間接的にやわらかく広範囲を照らすこともできる。また、光を当てることで影をつくったり暗い場所を強調したりすることもでき、空間にとても大きな影響を与える力があるのだと思った。
今回の講演では、建築をどう設計するかということではなく、すでにできている建築や都市の空間を照明でどのように見せるかという話が聞けた。これまでほとんど知らなかった分野だったので、とても新鮮でおもしろかった。
今までは建築を見たり、美術館に行ったりしたとしても照明に注目したことはなかった。しかし、照明もいろいろ計算されて設置されているということを学んだので、これからは、そういった点にも注目したいと思った。また、稲葉さんが最後におっしゃっていたように、日ごろからいろんなことに興味を持ち自分の感性を磨いていきたいと思った。
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DATE : 2008年10月13日
レポート W-studio (テクスト:小野)
写真提供 稲葉裕]]>
第2回 長谷川豪氏
http://archiforum.exblog.jp/10163437/
2008-11-19T03:31:00+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2008-11-19T03:32:37+09:00
a-forum-hosei
2008
「住宅のスケールとプロポーション」
独立してまもなく4年になる長谷川さん。
今回の講演では6つのプロジェクトを説明して頂き、どのように考えて作ったかを話して頂きました。
「森のなかの住宅」
緑に囲まれた恵まれた敷地に建つ別荘。
切妻屋根の別荘の中には、切妻天井の部屋がある。
この切妻天井を持つ部屋の構成によって、小屋裏のような空間が生まれ、そこから光が入ったり、自然の風景が見える。
都市住宅ではないため、ある一面に対して閉じるという事はせず、平面図式にとらわれない部屋と外部との関係性はとても魅力的でした。
「さいたまの住宅」
さいたま市で進行中の戸建て住宅。
屋根と身体の関係。
地面と身体の関係。
下の図はそのマトリックス。
生活をする中で人は移動をする。
屋根と身体の距離が近くなって部屋が小屋裏のようになったり、外の地面と同じレベルで住宅内部のソファがあって、外部と内部の関係が近くなったり。
生活する中で空間と身体の関係が変化し、 渡辺先生の言葉で言うと「覚醒」するような構成は非常に魅力的でした。
「桜台の住宅」
周りは均質な住宅地で、立て替えが進んでいる敷地。
家の周りに2.5mから3mの余白を取り、周りの建物がどのように建てられても採光等が確保できるようにしてある。
また、この周りの住宅との「距離」というものが、プラン中央の吹き抜けの空間の中にある。
断面図を見ると分かるが、吹き抜けの空間の距離と隣の家との距離がほぼ同じであり、住宅の中にも外部の距離感が存在する。
一階は個室、二階はリビングで、互いの空間は吹き抜けの中央の空間で繋がっている。
各個室と中央の空間は、机のような関係で接続され、各個室で机に向かっていると家族がそれぞれ自分の部屋に所属しながらも空間を共有している感覚になる。
この住宅は「居場所」が選べ、吹き抜けと個室の接続部分にいれば他者を感じ、個室の外に面する所へいれば一人の場所になる。
一つの住宅の中にいながら数センチの移動で環境が変化する住宅である。
「狛江の住宅」
まちの空地になるような住宅。
住宅という建築を作る事でまちに貢献できるような建築。
建ぺい率の規制によって、建物を敷地いっぱいに建てるには工夫が必要な敷地。
そこで地上から1000以下は建ぺい率に含まれないため、建物の半分は半地下の空間とし、もう片方は地上から700mm上げて建てた住宅である。
500個近いスタディの模型。
これだけ多くのボリュームスタディをして検討する長谷川さんの姿勢は圧巻でした。
平面図、断面図、立面図。
長谷川さんはプライベートとパブリックが混ざった場所を作りたいとおっしゃっていました。
まちと繋がっている事が重要で、それが庭を通して関係が作れるのではないかというもの。
まちを歩いている人が、庭を通して住んでる人の生活が見える。
庭の模型写真。
半地下の空間には、庭の平面の中にトップライトを設けて採光を取っている。
半地下の子供室。
上からのトップライトで採光を確保し、横の窓から通風を確保している。
窓辺と同じ高さのソファが特徴的。
ここでも住んでいる人の身体感覚に訴えかけるような試みが見られる。
「五反田の住宅」
いろんな用途の混ざる敷地。
ごちゃごちゃしている地区の中で、どのように楽しく暮らせるか?
その回答が「隙間」を利用するというアイデア。
画像は敷地周辺の建物だけを黒く塗りつぶしたもの。
敷地いっぱいに建て、決して壁を共有しようとはしない建物群からは、画像からも分かるように何となく街区や通りが見えてくる。
そして建物の間には必ず「隙間」が存在している。
この「隙間」が建物を建てる事で生まれる副産物としてではなく、楽しく住むためのアイデアとして住宅に活かされている。
平面図を見ると、螺旋階段が隣の建物と自邸との「隙間」に飛び出ている。
人は生活をしながら住宅の中を移動するが、この螺旋階段を通る事で生活の中にまちの風景が入り込んでくる。
まちの体験が入ってくるのである。
部屋から部屋の移動という何気ない日常の行為。
しかし、何気ない移動の中にまちの風景が入り込んでくる感覚というのは、まちの中に住んでいるという感覚に近い。
とても面白いアイデアであると関心致しました。
「練馬のアパートメント」
インテリアによる個性ではなく、テラスや外部環境によって部屋に個性を与える集合住宅。
一般的に、集合住宅の外観というのはガラスできれいに仕上げようが、あまり内部の生活に影響してくるわけではないし、見ていて面白いものでもない。
「見ても良い外観」として色々な個性を持ったテラスが外観に影響を与えることができないだろうかというもの。
平面図。
L字形の住戸に対してL字のテラスが巻き付いていたり、住戸の並びに平行して吹き抜けた庭が平行してついていたりと、様々な空間がある。
模型写真。
非常に豊かな構成で、完成が楽しみである。
住人が見えない中で設計する集合住宅において、庭における人々の関係性というのはどのように形成されるのであろうか。
ある人は庭を共有するかもしれないし、またある人は完全に自分だけの領域を確保するかもしれない。
練馬のアパートメントにおける 住戸間のコミュニティが、住人によってどのように作られるか。
大変興味深い。
それぞれ異なる6つのプロジェクトを通して、長谷川豪さんが共通して考えていること。
それは「空間のほんの少し外側」です。
小屋裏やテラス、隙間、庭など、部屋のほんの少し外側を変え、身体感覚に訴えかけてくるような空間構成。
そして、全く新しい事をやるのではなく、今までの建築や文化の中にあるものを生活の中に取り込むという姿勢からも伝わってきました。
以下、学生授業レポートを転載します。
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「まちの風景をつくる建築」
-「住空間のスケールとプロポーションについて」を聞いて -
06D7068 高瀬 大侍
人は一人で考え行動すると、理屈は通っていたとしてもその考え方・行動が社会的に通用するのかは疑わしいと思う。他人と話し、自分と他人の意見を共有、対立させながら価値観を作り上げ、その上で行動することがまともな社会の中の人となりうるように感じる。長谷川さんの講演を拝聴して、建築にも同じことが言えるのではないかと感じた。つまり四方に壁を立てて、確かに生活はできるがそれだけで簡潔してしまっていて辺りの環境を無視した建築は、他人と交わらない人と同じであり、まちに開き、周りと一体になった建築は、積極的に他人と会話しようとする人と同じであると感じる。
長谷川さんの設計する住宅はもちろん後者であると思うが、それにプラスして、周りの環境と一体になりつつ居住者がそのまち風景の中でそれに応じたものに建築や生活をデザインしていくものであると感じた。つまり他人と対話し、さらに考えることで自分自身も変わっていき成長していく人、のような建築が長谷川さんの住宅の印象だ。
このような建築の面白さや可能性は、まち環境を変えうるところにもあると思う。建築の居住者がまちの風景に溶け込んで生活している以上、まわりからの影響を受けることはもちろん逆にまわりへの働きかけも起こるだろう。長谷川さんの作品では「空間の外側に取りついているもの」つまり庭やホールやテラスがまちと生活をつなぐ重要な部分となっていた。例えばその部分が花で飾られていたら、その風景が広がって隣の家の人や目の前の駐車場の管理人などが自分の所にも飾り始めるかもしれない。五反田の住宅の話のとき、その敷地は様々な用途がグシャっとなった地域であり、そもそも東京とはそういう町であるというお話をされていた。これはネガティブな環境であるとは思うが、もし花の例えのように建築がまわりに良い影響を与え、それがまちに広がったとすれば、グチャっとした地域のなかにも何かひとつの共通性が生まれて、単なるいろいろな建物の集まりとしてではない、住民みんなで作るまちが生まれてくるように思う。特に東京のような混沌としたまちにある秩序を与え得るこのような建築はとても重要だと感じ、まちに馴染みつつ良い働きかけをする建築がもっと増えれば東京のまちももっとローカルな単位でアイデンティティをもっていくのではないかと思う。
そういった働きかけをし得る建築であるので逆に影響もまちに伝染しやすいのも確かで責任もあると思うが、長谷川さんの住宅では悪い影響を発することはないだろう。ちょっとした楽しくできて自然にやりたくなるような仕掛けがたくさんあるからだ。それはその仕掛けが全ての作品に共通して、五感を研ぎ澄ませて、どこをどうデザインすれば自分の生活がより快適になるかを自然に考えたくなってしまうものだからだと感じた。今回の講演で、人の生活だけを考えるのではなく、またまわりの環境にこびるでもない、ちょうどその中間の繊細な部分をうまく利用する考え方と、その一番シンプルで明快な方法を学ぶことができ、大変参考となった。
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「住宅とからだ」
― 身体が受ける感覚と、それを与えるもの ―
06D7128 輪島 梢子
私が今住む家では、大体の窓にカーテンがかかり、道路に面した出窓にもしっかりとブラインドが吊り下げられています。そしてベランダは南を向き、日中は明るい日差しが直接部屋を照らします。
このような状態は至極一般的で、建築雑誌に掲載されているような住宅を見ても、いずれは実用の色に染まっていくのだろう、ということを今までは何となく思っていました。
しかし、今回の講演で取り上げられた住宅がいかに人の身体にフィットしているか、もはや実用ということを超えて、感覚に訴えているのだということを知ったときに、今まで無意識のうちに作っていた概念が、何の根拠もないように感じられました。
屋根からやわらかく漏れる光や、外部のようでいてそうではない中庭や、北を向いているのにキッチンを不思議に照らす光など、“空間のほんの少し裏側のデザイン”という仕掛けたちが、単に一枚皮ではないデザインとして、居る人、あるいは訪れる人をじわじわと魅了していくのだろうと思います。
6つの作品を見て、説明を聞いていくにしたがって、あらゆる日本家屋が頭に浮かびました。長谷川氏の作る、大体が白をベースとした、すっきりと端正な住宅と、柱と梁が行き交い重厚なたたずまいを感じさせる日本家屋とでは、一見何の共通点もないように思ったのですが、空間から与えられる印象というのが、意外なまでに似ていると感じたのです。
その印象というのは、空間の持つやわらかさ、おおらかさ、というところです。
光をやわらかく通す障子、外部とも内部とも呼べない縁側や土間、すべて開放することのできるふすま、外部とは隔てつつも決して遮断することのない垣根など、その要素といえるべきものが随所に存在し、家をつくり、居心地の良さを生み出しています。
またプライベートという点で、単に隠す、事をせずに外部とのつながりを意識的に、かつ巧妙に取り入れているということでも、両者の共通点は見出せないでしょうか。
長谷川氏はニワという要素を、その形状や位置を建築に積極的に関連付け、プライベートを緩やかに守るものの例として挙げていましたが、一方の日本家屋については縁側がその役割を大きく担っていると思います。親しみのあるご近所さんでしたら、正規の玄関口よりも縁側から「ごめんください」と声をかけ、そのまま縁側に腰をかけて世間話をしたりするシーンがあります。わざわざ家の中に上げずとも、外部と内部を結ぶ中間的な役割のおかげで、心の通ったコミュニケーションが成立しているといえます。
両者ともプライベートを守るものとして、内部をすべて包み隠してしまうような装置を常用すれば、外部からの気安さがなくなるだけではなく、そこでの意識は内部ばかりへと集中することになります。周りとの距離を測ることもできなくなり、長谷川氏が何度か口にした“建物の中に居てもマチを感じる”ということが出来なくなります。
はたして長谷川氏が日本家屋と自らの作品の共通部分を感じているのか、それともまったく異質のものと思っているのか、ということについてはわかりませんが、今まで私が感じていた日本家屋での、無条件に思われる心地よさは、身体感覚に基づいたものであるということや、建築的スケールを身体に感じられることからくる心地よさだということを、思いのほか長谷川氏の講演から理解することが出来ました。
「珍しいものを作るのは簡単だけど、じっくり考えて、今まであるものから新しい一面を見出すことが大事」という長谷川氏の言葉も、先に述べたことに通じるのだと思います。
自分の中で定着している考えを、「なぜだろう?」と改めて考えること。なかなか面倒で勇気のいることだろうと思いますが、これが必要だということを、暗に教えていただきました。これが、ものづくりのエネルギーになるのでしょう。
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長谷川 豪
ハセガワ ゴウ
HASEGAWA GO
1977年 埼玉県生まれ
2002年 東京工業大学大学院修了
2002年~2004年 西沢大良建築設計事務所勤務
2005年 長谷川豪建築設計事務所設立
DATE : 2008年10月6日
レポート W-studio (テクスト:大竹、ブログ作成:小野)
写真提供 長谷川豪 氏
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第一回 高間三郎先生
http://archiforum.exblog.jp/10163355/
2008-11-19T02:37:00+09:00
2009-10-08T22:36:52+09:00
2008-11-19T02:30:14+09:00
a-forum-hosei
2008
講義の流れとしては、高間先生の手がけられた作品を軸に、ヒートポンプやダブルジャロジー、光触媒散水スクリーンなど、様々な環境設備技術をご説明して頂きました。
NEXT 21 Ecological Design
大阪ガスが株式会社が企画した、
地球環境・エネルギー問題、都市環境問題、 高齢化問題など今後起こりえる社会変化、住ニーズの変化等をふまえ
問題解決にすこしでも近づくための、 21世紀の都市型集合住宅のあり方を考える実験住宅。
植物を建築に取り込んだり、最新燃料電池をエネルギーとして試験導入するなど
最新技術を段階的に導入している。
NEXT21 俯瞰
サーモグラフによる冷却効果実証
光触媒散水スクリーン(日産車体)
紫外線を受けることにより酸化チタン薄膜表面が超親水性となり
材の表面に薄い水の膜を形成することができる技術を導入。
導入部の室内気温を2℃下げることに成功。
外観
酸化チタン薄膜による水の膜
サーモグラフィ
UCA Project
カザフスタン・キルギス・タジキスタンにおいて
国連所属の中央アジア大学を設立し、この地域に西欧的教育を行う施設。
環境的には、東京の1.5~2倍の日射がありながら気温は低い。
ここではスラブ自体に冷気を通して行う輻射冷暖房を行う。
建築と設備の融合が行われている。
外観
輻射冷暖房 断面図
実際の様子
以下、学生授業レポートを転載します。
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「生き残る建築とは」
環境デザインと設備を聞いて
06d7062
柴 侑里
今回、高間三郎さんに「環境デザインと設備」という題でお話をしていただいた。
設備とは、人間にとって不便なところを補なったり、快適さを与えるものととらえていた。暑かったり、寒ければ冷暖房機を、暗ければ明かりを、階数が増えればエレベーターを…と自然に対して何かを消費して無理に抵抗するようなイメージだった。なので、窓が少なくなったり、高層化ばかり進んだりというあまり良いイメージを持てずにいたところがある。しかし、環境問題が大きくなってきた現在では太陽熱や水による冷却など、燃料消費という形ではないものが積極的に使われているのだということを高間さんのお話で知った。
高間さんの講演のなかで印象的だったのは、環境デザインを考える上でいきなり太陽熱だとか水による冷却を考えるのではなく、その場にあったかたちを考えるということだ。そして、そこの気候や建物のコンセプト、必要とされる機能を考慮した上で決められていく環境デザインが、その建築の表象の一部になっているということが興味深かった。ハイテックを持ち寄れば、その建築は最先端の優れたものと成り得るが、10年、15年もつものとは限らない。また、どこに作っても同じ表情を持つものになってしまう。実際、どこの国でも、都会の街並みでもそんなに変わったように見えない。エコロジーを無視しては、現在の世界では生き残る建築とはいえないのだということも最もだと思った。自然の制限から自由になった今の建築は環境を壊す一因ともなってきている。その土地特有の風土条件を無視した建築はヴィジュアル的にも違和感を覚えるし、人間本来の感覚を鈍らせるものだと思う。建築を学んでいる身としては、これから作られていくものが環境にとっても人にとっても悪影響を及ぼすものとなってしまうのは悲観することである。高間さんにはこれからもっと取り入れられていくべき環境デザインが採用されている作品を見せていただいた。どの作品も固有の顔を持ち、建築家の意図や使う人たちの環境に対する気持ちが表れていると感じた。
地球全体の環境を考えることは難しいが、環境デザインをする上で、建築家に出来ることはその土地に対して可能性を見つけ、利用者やその周りに住む人たちに対してどのようなアプローチをしていけるかを考えることだと思う。その場その場のことを考えることで、人特有の感覚や発想を生み出すことができるのではないか。水、光や風を使った環境への対処は打ち水や庇、植栽など、昔ながらの日本人が行ってきたことと求める効果は似ているよに思う。本来持つ感覚が設備技術の発展により、見えなくなってしまったところがある気がした。だから、設備をフルに使った建築に対して素直に良いイメージを抱くことが出来なかったのだと思う。
生き残る建築を考えることは植物とのつながりを考えること、植物とのつながりを考えるということは農業とのつながりを考えることという高間さんの言葉が印象的だった。建築は建ててしまえばその時点がベストで、それ以上に機能が上がったりすることはない。そこから、年月を経て老朽化に耐えることが始まる。対して、木は成長し、自らが環境を作っていくことが出来る。10年、15年後と変わっていく力強さに可能性があるという魅力が感じられる。農業もそこの土を知り、そこに合った作物の種を植え育てていく。育っていくという期待感が人を惹きつけ、農業に対する姿勢を持たせているように思える。建築も同じように育っていくことが出来れば、人々の本能に何か響くようなものを生み出せるのではないか。生き残る建築は、そのときの環境に対してベストな解答とその先を見据えた展開や変化をもつものではないかと思った。
高間さんに環境デザインと設備について講演していただいて、環境に対して考えられたデザインを知ることが出来た。また、同時にいまの社会の設備の現状が、何年もこの先もつものではないということを感じることのできる機会ともなった。その土地の雰囲気や人だけでなく、環境という要素にちゃんと向き合った建築が本当に人の感覚に語りかけ、心地よさをもたらすことの出来るものになれるのだと思った。
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「エコロジカル」な未来
―「環境デザインと設備」を聞いて―
06D7107 水鳥沙織
「エコロジカル」な未来
エコロジカル【ecological】
[形動]生態上の。生態学的な。また、自然や環境と調和するさま。「―な商品」「―な素材」
(「大辞泉」より)
そもそも「エコロジー」とは、ギリシャ語の「家」(oikos)という言葉に由来し、「環境」の語源となっている言葉である。
このレポートでは環境と建築の関係について、講義で聞いた内容とともに自分なりの考えをまとめてみようと思う。
―「建築」は物体でありながら人に多大な影響を及ぼす。―
そしてそれは単独では存在し得ない。建築の本質は常にその土地や周辺環境との関わりの中にあり、またそこに棲みそこを訪れる人々の記憶の上に存在する。
建築を考える上で、今や自然や環境について全く無視された建築など受け入れられないであろう。「エコ、エコ」と騒がれるこの時代、そして21世紀、これからの時代はまさにエコロジカルな建築やデザインが求められる。
今回お話いただいた高間講師の挙げる建築はどれも環境共生のありかたを未来のものとして考えているのではなく、実用的なものとして、また実用化された中で考えられていて、具体的な事としてとらえることができた。
「環境デザイン」がテーマとなった今回の講義であるが、一言で言ってしまってもその対象は建築、インテリア、空間、まちなみなどの都市景観、ランドスケープデザインとしての造園行為や森林施業、社会システム…と、身近なものから地球規模の大きい範囲まで存在する。
そしてその中でも今回は地球環境に配慮された商業施設や学校が題材となった。
住宅や学校施設などは人々が1日の多くの時間を過ごす場所である。それゆえその環境というものは、当然のことながら過ごしやすいものでなくてはならない。そしてそれは商業施設においても同様に、そこを訪れる人々にとって快適な時間を過ごせるものでなくてはならない。
講義で挙げられた宮城県立迫桜高校は、ソーラーシステムというシステムが設備の中で採用されていた。そもそもソーラーシステム自体をよく理解していなかったので、調べて自分なりに解釈してみたところ、簡単にまとめると、
①太陽のエネルギーには「熱」と「光」がある。
②OMソーラーでは太陽の「熱」を空気にのせて運び、建物全体を床下から温めたり、水からお湯をつくったりして利用するシステム
のことを言うようである。
つまり迫桜高校では、普段私たちが使っている電気のエネルギーで暖房を使用するのではなく、集熱屋根に集められた太陽の熱で温風床暖房を使用している。
その他にも、外気の影響を受けやすいガラスの屋根に水を撒くことによって輻射環境をよくするという取り組みがなされた建物や、窓を「ダブルジャロジー」という複層ガラス窓にすることによって、自然換気に有効であるばかりではなく、自然の光をふんだんに取り入れられるという建物もあった。
正直、埼玉の小学校で本当に全館冷暖房完備にする必要があったのかは疑問であるが、この学校に挙げられるように、学校施設や商業施設、さらに範囲を広げれば都市空間やひいては地球全体が過ごしやすい場所であるように、これからの時代は人間の手によって作り出されたエネルギーを使用するのではなく、太陽の光や熱、風や水といった地球の恵みを利用して暮らしのあり方や環境共生について考えていかなければならないと思う。
「使用」するのではなく、「利用」するのだ。両者は似ているようであるが、私はそこを明確に分けて考えてゆくべきであると考える。
地球の恩恵を、現在の我々だけが甘受するのではなく、後々の子孫に残すことこそが、責任と義務である、とこの講義を通して改めて考えることができた。
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それだけじゃダメなんだ ~高間三郎さんの講演を聞いて~
06d7024 大石 涼介
「温度だけじゃダメなんです。」
その言葉にドキッとしたのは冷房で、のどをやられた自分だった。
我々は生き残ることからいつしか快適さを求めるようになった。しかし暑くなったからといってボタンを押すだけで涼しくなるのは一時的な快楽でしかない。
教育現場でも冷暖房を取り付けることが当たり前になってきた。もちろん予算の関係もあるが、自分は廊下までにも暖房機を取り付ける必要はないと思う。
寒いから子供達は元気に走り回る。しかし暖房で快楽を得た子供達が走り出すだろうか?とにかく体で感じて行動するということは重要であることだ。このことは、「人は常に体で何かを感じていると思う。」という高間さんの言葉を聞いて確信した。住吉の長屋の外廊下が意図するところもそこだろう。自然との足踏みをそろえなければどんな建築も意味を成さないのだ。
長い間、建築と設備は別々の道を歩んでいた。高度経済成長期はそれで利益を上げてきたが、最終的に生み出されたのは弾けたバブルと、環境問題だった。
ようやく設備と建築が一体として考えられるようになったのはつい最近のことである。水によって建物を冷却するも、疎水性、表面張力などから、水の広がり方などを通して建築と設備が足踏みをそろえなければできない。外気がテルモテックシステムのような通気システムも当てはまる。
建築と設備だけでなく、自然との足踏みをそろえていかなければならない。どんなに外の空気を暖めて循環しようとしても雪によって通気候を塞がれては意味がない。もちろん太陽光も、水も建築と足踏みをそろえければ意味がない。
最近は開発した後でも水辺を作れば許されると、ビオトープが免罪符的な役割を持つようになってしまったように思えるが、地球のたまごは違う。浜名湖に建つ建築として排水から、鰻の成育など様々な難題を解決するためにその土地で努めてきた。地球のたまごは、バブルの時代に開発された荒地が、生命と足踏みをそろえるための建築でもある。
高間さんは、解決策をストーリーと言っていた。それは場所や状況によりそれぞれの手法が生まれてくるからだと思う。アクアミュージアムや馬小屋、学校などの様々な生命の存在の仕方がある。そのような意味でも高間さんは「生き残るための建築」を作っているのではないか。
「水を出すだけ、温度を下げるだけ・・・それだけじゃダメだ 足踏みをそろえるストーリーが必ずあるはずだ。」
そう高間さんが訴えていたように思える。
私は講演を通して、環境デザインとは人間が作りだした環境と、使用者である人間の関係性に立脚した計画であり、人と人を取り巻く自然の関係が生まれるものだと考えるようになった。その認知には環境によって影響を受けるアフォーダンスがあり、その生活する環境を探索することによって獲得することのできる価値を生み出してくれる。
高間 三郎
タカマ サブロウ
TAKAMA Saburou
(科学応用冷暖研究所所長 東京大学先端科学技術研究センター客員研究員)
早稲田大学 理工学系大学院 修士課程 終了
(株)大高建築事務所、東京電波株式会社環境設備部長を経て、(株)科学応用冷暖研究所設立
技術士(衛生工学部門)、一級建築士、建築設備士、建築設備検査資格者
DATE : 2008年9月29日
レポート W-studio (テクスト:高田、ブログ作成:大竹慶和)
写真提供 高間三郎
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建築の時間
http://archiforum.exblog.jp/8103059/
2008-01-29T08:52:00+09:00
2009-10-08T22:37:17+09:00
2008-01-29T08:52:54+09:00
a-forum-hosei
2007
講義の流れとしては、timeとmontageについて、ミース・ファンデル・ローエの
less is moreとuniversal spaceの考え方を挙げて、講義していただきました。
less is more ・・・余分なものをそぎ落としたものこそ、より豊かなものである。
universal space ・・・フレキシブルで機能を代入可能なワンルーム
ファンズワース邸
土地をかなりスタディしていて、水が張ってくると、白い船のようになるそうです。
雪のファンズワースもいい、と後藤先生はおっしゃっていました。
木の位置が計算されつくされていて、近景と遠景のパースがすごい構図が取れています。
ラーメン構造ではなく、H構を外に出し片持ちになっています。
地面と柱の接地部分は、スチールが錆びないよう普通は浮かせるが、ミースは、ずっと伸びているかのように錯覚させるように設計しているそうです。このようなディテールの処理が、less is moreにつながるのだと思いました。
ミースは空間を作るというよりは、時間をデザインしていた。
ミースの初期の作品は、順路をつくりシークエンスを楽しませる、建物を経験させる順路のデザインをしていました。
バルセロナパビリオン
パウル・クレーの作品
ある時期、ミースはクレーの作品を研究し、二次元の画面に時間を圧縮する方法として、目で線を追わせることにより時間を発生させることに気づく。それを境にして、パースと時間を共存させたユニバーサル・スペースのデザインに設計を変えていったそうです。
クラウンホール・・・空間の内部に梁が出ないようにしています。
ナショナル・ギャラリー・・ジャッキで屋根を持ち上げ、柱を後で入れたそうです。
ミースのプレゼンボード、パースに彫刻や絵画がコラージュされています。
それにより、パースに時間が共存している空間を提案しています。
モンタージュ・・複数のコンテクストの異なるものをひとつの絵に表現しています。
キュビズム・・・様々な角度から、絵をひとつに納めています。
これらの芸術作品もミースの作品に影響を与えていたそうです。建築は文化の現れであるという事を再確認しました。私事になりますが、2年生のときミースの作品を研究して、それを反映し別荘を設計するという課題に取り組みました。そのとき、私は自由な壁によるシークエンスとユニバーサル・スペースが反映した建物を設計しました。今回講義を聞いて、ミースの時間の取り入れ方が、時間を経験させる(つまり引き延ばす)から、時間を圧縮するに変わっていったという認識がないまま、設計してしまっていた事に気づかされました。ミースの作品の経緯を踏まえた、建築の時間に関する講義はとてもわかりやすかったです。貴重なお話をどうもありがとうございました。
DATE : 2008年1月28日
レポート W-studio 阿部哲也
写真提供 後藤武
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後藤武
1965年 横浜に生まれる
1998年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
1998年 隈研吾建築都市設計事務所
2003年 一級建築士事務所UA共同設立、取締役
2004年 中部大学高等学術研究所助教授
2006年 後藤武建築設計事務所設立
現在 慶応義塾大学理工学部、横浜国立大学工学部、東京理科大学工学部非常勤講師
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以下学生のレポートです。
「建築とは」
05D7097 成毛香月
・ 建築を空間と考える事は多々あるが、後藤武先生は建築は時間の
芸術と考える
・ ミース・ファンデル・ローエは建築の余分なモノをそぎ落とすことに
よって、より豊かなモノを作った。
・ ユニバーサル・スペースの先駆者。
・ フレキシブで機能を代入可能なワンルームを作ったのがミース・ファ
ンデル・ローエ。
・ ファンズワース邸はワンルームという美しさを生み出した住宅。
・ イリノエ大学のクランホールやベルリンのナショナルギャラリーも良
い例
・ ファンズワース邸は、自然との相性が非常に良い。
雪のファンズワース邸、水との関係までが考えられたデザイン!?
・ ファンズワース邸の敷地にある木の配置はレイアウトを設計されてい
るかのよう。見る角度によって全く風景が違うように見える。円形や
クローズアップの景色。
・ 何でも利用できる箱を作りたい!!
・ エスター邸やランゲー邸はミース・ファンデル・ローエのドローウィ
ングがもとにされている。45度ずつずらして、ずらして、ずらして
視線が通るようになっている。
・ 順路、シークエンスを作って人を歩かせる。歩かせながら、叙々に全
体をわかってもらう。建物を経験させる順路の建築。時間をデザイン
している。
・ サヴォワ邸はシークエンスのデザインである。
映画のフィルムに見るような、水平連想の窓。
・ ミース・ファンデル・ローエ⇔コルビジェ
・ バロセロナパビリオンはずらしたところに動線が作られている
・ 時間を編集したい。写真...空間でやりたい
・ 1つの空間に入っていないモノを入れていきたい。
時間をどんどん圧縮して、同時に時間を何でも当てはまる普遍的な
モノへ。
・ ハット邸は、インターンガーデン(緑いっぱいの温室)が部屋の壁に
映る。壁には死んだ植物がある。生きている植物と死んだ植物が空間
を作る。複数のモノを合わせうつして、時間を感じさせる空間を作っ
ている。
今回、後藤武先生に「建築に時間」という題でお話をしていただいた。
はじめに後藤武先生がおっしゃっていたように、「一般てき、日本では建築は空間を作っている」ということは、漠然とわかる。何もないところ、例えば草原や砂漠に何かを作るだけで、今までになかった空間が生まれる。空間の定義も様々あって難しい。辞書によると『①物体が存在しないで空いている所。また、あらゆる方向への広がり。「―を利用する」「宇宙―」「生活―」②哲学で、時間とともにあらゆる事象の根本的な存在形式。それ自体は全方向への無限の延長として表象される。→時間③数学で、理論で考える前提としての一つの定まった集合。その要素(元)を点とよぶ。普通は三次元のユークリッド空間をいう。④物理学で、物体が存在し、現象の起こる場所。古典物理学では三次元のユークリッド空間をさしたが、相対性理論により空間と時間との不可分な相関性が知られてからは四次元のリーマン空間も導入された。』と定義されている。私は課題を与えられた時、その場所で気持ちのいい空間とはどのようなモノかを考えて課題に取り組んでいる。空間という定義は自分の中で、まだ噛み砕ききっていないが、漠然ととらえながら考えてきていた。
ただ今回は「建築は時間」という、今まで考えたことのないことについて考えさせられた。私には、なかなか理解できないすごい世界に感じた。建築で時間を感じさせるということはどのようなことなのか、未だにわからない。難しい。
時間を感じさせる建築の例として、トゥーゲンハット邸は比較的わかりやすかった。トゥーゲンハット邸の仕切りの壁にはレモンや黒檀などの高級木材の薄板が張られていた。そしてそこの壁には、温室にある植物が移っていた。これが建築で時間を現した空間らしい。死んだ植物と今生きている植物を重ねあわせる事によって、時間を感じさせる建築を作っていた。なぜか、その写真に魅力を感じた。
まだまだ勉強不足で理解できない事は多々あるが、今回感じたのは、何かを訴えかけている建築は、みんなに魅力を感じさせるモノになるように感じた。また、その訴えが簡単にわからないほど、より魅力を持つ建築になるのかもしれない。
「実と虚」
05D7135 吉田敦
建築の時間。建築にはその内部を体験する時間がある。今回の後藤先生の講演はその建築の時間についての講演であった。
二十世紀、モダニズム建築の巨匠ミースファンデルローエは less is more universal space を提唱した人である。ミースの作品、クラウンホールやナショナルギャラリーに見られるユニバーサルスペースとは一般解釈として、一つの大空間を可動間仕切りなどでフレキシブルに使うことが出来る空間の事である。辞書的な意味ではユニバーサルスペースとは普遍的な空間。と題される。しかしuniversalの本来持つ意味、それは 偏在する、あちこちにある といった感じである。この本当のユニバーサルな空間をミースは提案している。というのが今回の講演であった。
ミースの代表作であるファンズワース邸は1947年に建てられた有名な建築である。
クライアントに頼まれて作られたこの家は多くのもめ事をかかえ一度もクライアントが住んでいない家らしい。大きな敷地に対してとても小さく作られ、たった一つの住居の箱が置かれただけの建築である。その小さな建物は大きな豊かな自然環境のなかに建ち、シンプルに構成された内部空間には隠されたいくつかの意図があるという。
四面全てを囲む大きなガラス窓は周囲の自然環境を豊かに内部にとり込むと共に、夫々の場所から見える風景は意図されてように表情をかえる。近くには小さな河川が流れ、年に何度かこの川が反乱する時にはこの家は水上に浮かぶ船のようになる。雪が降れば白の中にぽつんとこの建物が姿をみせる。このようにこの建物は自然計画が豊かに取り込まれた建物である。
これらのガラス窓越しに見えるそれぞれ違った風景とは何なのか。
ミースがユニバーサルスペースを提唱していた時代、ミースは好んでパウルクレーの画を集めていたという。画という一瞬で全体を把握出来るものの中に様々な重なりが表現された作風をこのパウルクレーはもっていた。その画を好んで集めていたミースの作品にはその重なり、つまりモンタージュが強く反映されていた。初期のミースの作品であるエスターランゲ邸のスケッチからはユニバーサルスペースからはほど遠い感覚を覚える。白いキャンバスの橋から長い壁が中心へ向かって延び、中心周辺には幾つかの壁が立ち並ぶ。その壁の端と端には45度の角度の幾つかの補助線を引くことが出来る。
この頃のミース作品には明らかにシークエンスを重視したスケッチが残っているのだ。
ではこのシークエンスを重視して建築内部を循環させようとしていたミースがユニバーサルスペースにどう繋がっていったのだろうか 。
ここで建築の時間というものが出てくる。ミースは建築を体験する時間をどんどん短縮しようとしていったのだ。
バルセロナパビリオン、これもミースの代表作であるが、この内部に置かれた中には時間短縮の思考が見える。一枚の大きなガラスには周囲の風景が映り込み、そのガラスの奥に見える実の物が重なり合って見えてくる。実と虚のコラージュが意図されたようにも見える。事実ミースの作品のいくつかにこのような場面がある。
建築を時間を追って巡らせようとしていたミースの思考は、序所に時間の短縮を行い、一度に複数のものを経験させる、それが一つの空間の中に全ての空間を体験させるといったユニバーサルスペースをつくりだしたのである。ミースが好んだパウルクレーの画のような空間をミースは作り出そうとしていたのではないか。
実と虚。私は絵画についてあまりよくわからないが、絵画は全ての物が人に描かれた実である。絵の具だったり、ペンのラインであったり。しかし、その実の中に虚の世界を描くことが出来るのが画である。それに対し建築は実の空間は全て実である、虚をつくることは出来ない、そこに存在する物は全てが実である。
そこにミースが提案するユニバーサルスペースの本当の狙いがあるのでは無いかと私は思った。あちこちにある、というユニバーサルの本来の意味。一瞬でそこにある全ての物を把握できる画に対して建築という物は、時間を経過して、序所に空間を把握していく。その時間を短縮していく事によってミースは実だけで構成される建築という存在の中に虚を創り出そうとしたのでは無いか。
今回の講演はいつもになく抽象的なものであった。しかし、建築という物を本質的な面で見る面白さと違って、抽象的に建築を見ると建築の奥深さが出てくる気がした。
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第9回目 佐藤健司氏
http://archiforum.exblog.jp/8021478/
2008-01-19T01:01:00+09:00
2009-10-08T22:37:17+09:00
2008-01-19T01:01:35+09:00
a-forum-hosei
2007
「小住宅の設計を通して考えること」
今回は佐藤先生が独立後に設計したいくつかの建築について説明していただきました。
1.世田谷の家
都会の住宅は閉鎖的にならざるを得ないが、その中でできるだけ開放的に感じられるような空間をつくろうとしたとおっしゃっていました。
地下はコンクリート等で重い感じにして、上に上がると白い軽やかな空間が広がっています。また、屋根と壁は同じ素材でできています。
2.大田区の家
この住宅も世田谷の住宅と同様に外観は2色で構成されていて、内部は白い空間となっています。また、都市の中で開放的な空間をつくるという点が共通して感じられます。
この住宅で特に強調しておっしゃっていたことは、住宅といえども大空間をつくりたいということです。外観からは2つのものがくっついているように見えますが、それとは対照的に内部は白で統一されたひとつの大きな空間となっています。
3.世田谷の建売住宅
これは4件の建売住宅なのですが、それを集合住宅のようなかたちでつくり、ミニ開発のような公共性を考えられています。上には黄色いオブジェがのっかっているような雰囲気です。
この住宅も内部は白い壁、白い天井からなっており、基本的には美術館のような部屋をつくっているとおっしゃっていました。
4.中野本町の集合住宅
この集合住宅はバルコニーを共通要素として用いられています。
この建築も外観は2色で構成されています。
5.品川区の家
この住宅は狭小住宅です。廊下を階段とすることで効率がよくなっています。
6.田園調布の家
品川区の家に続いて、床が黒、壁が白の内部構成です。
奥さんがお茶をするということで、茶室をつくりにじり口が設けられています。
7.那須の別荘
この建築について佐藤先生に説明していただいたことは敷地の傾斜を利用して、敷地の下がっている方にデッキスペースを設け、清水の舞台のような感じにつくっているということがまずあります。また、リビング・ダイニングでは大きな空間をつくり、度肝を抜かせたいともおっしゃっていました。あとは、光の入り方を不均一にしてドラマティックな空間を演出できるのではないかということです。
最後に、佐藤先生が設計してきた住宅は赤や黄などの色が外壁に用いられていることに対しては、特に理由はないが、現在白い住宅が多くつくられており、その白い箱に対するアンチテーゼかなとおっしゃっていました。
自分自身「色」というものが好きで、白い箱のような建築はどうなのかなと感じるときはあります。「色」を使うというのは難しいことだけれども、使い方によっては生活を豊かにするものであると思うので、内側外側共にうまく「色」がつかえるようになれればなと感じました。
レポート: W-studio H.Y
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佐藤 健司 (さとう けんじ)
1958年 埼玉県大宮市生まれ
東京大学大学院卒業(槇研究室)
メルボルン大学留学
1984年 磯崎新アトリエ
2001年~ 佐藤健司建築都市研究所
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以下、学生のレポートです。
「拘束からの解放」
05d7018 上野宏岳
住宅設計をするにあたって設計者は様々な拘束を受ける。今回の佐藤さんの講演を聞いて、そのような拘束から解放された自由な空間的魅力を感じた。
住宅の設計は依頼者との対話から始まる。まだこの世界に実現していない空間についての対話であるから、それは依頼者と設計者のイメージ交換である。住宅とは住まい手の私的な領域に属する物で、その人の空間に対する経験の量で設計者側が得られる情報の密度は左右される。依頼者の世界の広がりの中だけから建築を組み立てることは建築の可能性を狭めることになるのだが、設計者だけで一方的に空間を決定できる物ではない。しかし、空間に関しての表現の手段を持っていない依頼者と空間の概念を交換するのは困難である。また、いずれにせよ依頼者と設計者の交換は空間をあらわす言語によって伝達されるため、空間が実現する以前に空間を語る言語によって建築は拘束されている。依頼者が自らのイメージ通りの空間が達成できたとしても、それは私たち日本人が語る言語世界で拘束された空間が現れているだけである。住居はその人の世界に既に存在している習慣的コードとしての住居形式からの拘束と、私たちが使う空間を現す言葉からの二重の拘束を受けている。佐藤さんの講演での空間を語る言語表現にはその二重の拘束から解放された様な印象を受けた。住宅に美術館の空間を求める佐藤さんの考えは、天井が白く壁も白で、住居空間に大きな広がりを求め、おどろきなどの感覚的な要素も重要視している。住宅に美術館的な空間すなわち展示的な要素を取り入れることでそこに人の生活単位としてのインテリアがはいったときそれは映える。白い空間にある居住者の赤いいす、黒い机、様々な本が並ぶ本棚、緑色の絨毯などのインテリアは、私たちが使う空間を現す言葉からの拘束を超え、視覚的に生活感を訴えるものとしてそこに存在するようになるだろう。また、インテリアが映えるということはその居住者つまり依頼者の生活が映えるということにつながり、その私的な領域にも影響を及ぼすことになる。展示空間としての要素を含んだ空間に依頼者のインテリアが介入したとき、依頼者も予期しなかった様な生活の魅力が生まれ、それは習慣的な居住形式からの拘束からも解放されたことを意味しているのではないだろうか。
人の住まう場に、こうでなくてはならない、といった決まりはない。また、人の住まいに最良の解は存在しない。しかしそこには拘束がある。そうであるが故に住宅の設計は難しいのではないだろうか。佐藤さんはその拘束自体を解決しているわけではないが、そこから解放された考えを持つことで拘束を超越し、人の住まう場として佐藤さんなりの最良の解を導きだしている様な気がした。それは今後僕らが失っていくと思われるより感覚的な部分に属しているように思える。今回の講演は僕にそういう部分をもっと大切にしていかなくてはと思わせてくれた。
「狭小住宅と空間のコントラスト」
05d7020 氏家 健太郎
僕が一番印象的だったのは最後の質疑応答のところで「狭小住宅?避けている部分は何もないよ」という言葉だった。もちろん狭小、名のごとく非常に限られた条件化の狭い空間に無駄な空間を作り上げるという行為はできないし、斜辺制限いっぱいに形態を決めたり、隙間を極力利用できるようにしたり、結果的にいろいろなことを必要最小限に抑え、どんなに小さなことでも住む人に利用してもらえるようにしなければならないことがあると思う。
佐藤先生は磯崎新アトリエで「磯崎さんは巨大スケールのものを、博覧会の延長のごとく作り上げている。そこで確かにスケールの大きさというのは単純にインパクトやド肝といったキーワードにつながるかもしれない」というようなことを学び、住空間にもそういった巨大なスケールの空間を一箇所置くようにしている、とおっしゃっていた。そこで感じたのが、単に物理的に巨大な空間だけでなく、日本の伝統である茶室のような ―細い廊下を通って、狭いくぐり戸を経験することでそれほど広い空間ではない茶室が相対的に広く感じることができる― イメージだ。
実際に先生は例えば廊下を階段にするスキップフロアにしたり、看板建築の中に、非常用で入り口のバルコニーを設けたり、地下と玄関は閉鎖的に、ほかの生活空間は開放的にすることによる空間のコントラストを巧く利用して、広さを感じることのできる内部空間を作り出しているように思えた。茶室の例を出したように、そういった小さなものや、細いもの、狭いものに価値を与え有効利用する姿勢は日本の伝統的な建築に見習うことが出来るのではないかと感じた。
そういった人に与える心理的作用するものに、外観という要素も含まれていると思う。世田谷区の住宅ではファサードを閉鎖的なものにして、生活空間を軽いイメージにすることによって、よりその視覚的効果を挙げているようにも思える。そういったことを考慮すると、ホワイトキューブに対するアンチテーゼ、隣の家と同じような家はイヤといったような住宅と都市の概観のあり方もこれから考えていかなければならないなと感じた。
「制約の中でできること」
05d7117 町田芽久実
今回は狭小住宅や建売住宅を中心に活躍している佐藤さんの講演であった。
都心の狭小住宅も建売住宅も作るうえでかなり制約が多いものだと思う。講演の中でも、容積率いっぱいに建てようとすると形が決まってしまう、プライバシーのために住宅はなるべく閉じていなければならない、容積率を減らすための工夫、例えば容積率に含まれないよう2階の中庭部分の床は水が下に落ちるようにするなど作る上での苦労している部分を話してくださった。特に印象的だったのは荒木邸の話で、普通スキップフロアというとなんらかの意図を持って使われるように思えるが、この住宅の場合あまりにも狭小であったため廊下と階段の場所が十分に確保できないのでやむなくスキップフロアの形をとることになったということであった。それでも佐藤さんは作る過程の苦労を苦労と思ってないようですごいと思った。
佐藤さんはどんなに条件が厳しい住宅でも必ずドラマチックな空間を作ることを信条にしているとおっしゃっていた。そのために一番意識していることがいかにして大空間を作るかということであった。全体が小さい住宅だからこそ、その中での大空間は逆にその他の小さい空間を生かすことに繋がるのだという話に非常に納得した。また、住宅の内部は、住み手にとってインテリアの背景となるものだからできるだけ美術館の内部のようにシンプルにすること、そしてそのシンプルな空間を光の操作によっていかに変化をつけるかなど、制約が多い中で自分の信条をどのように貫くかというしっかりしたスタンスを持っていて、それがかっこいいと感じた。
講演の中で佐藤さんは狭小住宅、建売住宅それぞれの制約を語りつつ、いかにしてそれを克服するかを楽しそうに話してくださった。狭小住宅は小さいがそれを逆手にとってどのように工夫するかを考える、建売住宅は住み手が決まっていない分、一般に受け入れられるものを作らなければならないが、だからといってありふれたものを作るのではなく、戸建てにはない、建売という独自のスタイルを持つからこそ町並みに対して公共性を持つべきだとおっしゃっていた。制約を不利なものと捕らえるのではなく逆にいいものとして捕らえる―そんな前向きな姿勢を見習いたいと思った。]]>
第8回目 棚瀬純孝氏
http://archiforum.exblog.jp/8005696/
2008-01-17T00:34:00+09:00
2009-10-08T22:37:17+09:00
2008-01-17T00:34:12+09:00
a-forum-hosei
2007
講演では、棚瀬先生が最近携わった海外プロジェクトの中から6作品を取り上げ、それぞれについて説明して頂きました。
■ ツォルフェラインスクール
ドイツ・エッセン市郊外に建つデザインスクールの計画です。
敷地はユネスコ世界遺産のツォルフェライン炭坑産業遺産群の端に位置し、保存地区には今もたくさんの巨大建築物が残っており、そのスケールに合わせて、大きく抽象的なほぼ立方体のヴォリュームを提案しています。
プログラムを約35m角の4つのフロアに振り分け、間仕切壁の少ないオープン空間を各階つくっています。構造はRC造で、厚さ300mmのコンクリートの外壁には直径25mmのパイプをラジエーター状に打ち込み、炭坑の地下水の地熱を利用して、コンクリート壁を保温しています。これによって、断熱材が不要になり、壁の厚さを薄くすることが可能になります。
■ トレド美術館ガラスセンター
米国・オハイオ州トレドに建つトレド美術館の分館です。
敷地周辺には古い住宅街が控えていることもあり、建物は平屋で、ヴォリュームを抑えた構成になっています。
ひとつひとつの機能は適当な位置関係が決められ、それぞれが透明のカーブガラスでくるまれ独立した1つの空間となっています。個々の部屋と部屋の間に生まれたバッファーゾーンにより、それぞれの部屋に求められる温湿度の調整や防音のためのスペースとして使われます。
■ ルーブル=ランス
北フランス、リール近郊の町、ランスの中心部にある炭坑の跡地に計画された美術館とランドスケープです。プログラムは、大きくは2つの展示スペース、ひとつは時々展示が変わる常設展示のための、もうひとつは企画展示のためのスペースです。
ヴォリュームを小さく分割して、敷地を乱すことを避け、とても大きなスケールのプログラムのスケールを小さくすることを考えています。その各棟の大きさとカーブした配置は、周りの“カバリエ”(昔の炭坑の運搬用線路の土木遺構)のスケール感とかたちを取り入れたもので、敷地の傾斜に従って流れるように連続します。敷地に対して親和力のある柔らかい建物をつくりたかったため、敷地の長く伸びた、湾曲したスケール感に合わせて、ヴォリュームにわずかなカーブを与えています。そしてファサードには、高い反射率の酸化被膜されたアルミによってつくられています。
他3作品です。
■ スタッドシアター・アルメラ
■ バレンシア近代美術館増築
■ VITRA FACTORY BUILDING
本や雑誌では知ることのできない温度や風のシミュレーションや原寸でのスタディなども見せていただき、貴重なお話をありがとうございました。
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Profile
棚瀬 純考
1995 京都工芸繊維大学大学院卒業
妹島和世建築設計事務所
2003 SANAA事務所 取締役
棚瀬純考事務所
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レポート:W-studio N.M
以下、学生提出レポートです。
SANAAの建築にみられる空間のつくられ方
05D7057 小宮山 義人
・ドイツ・エッセン デザインスクール
ユネスコ世界遺産の炭鉱跡の工場の片隅に計画されたデザインスクール。OMAがマスタープランを行っていて全体が人のためではなく工場などの機械のためにつくられている。周りの工場などのボリュームを生かし、シンプルな箱型(コンクリートのキューブ)になった。コンクリートを使用しているため重く見えてしまうのを開口によって軽くて開放的にした。また、炭鉱からでる温水を外壁に流し、断熱材をなくし外壁を通常より薄くした。
・アメリカ トレド美術館ガラスパビリオン
木が多く立ち並び、公園のように使われているので、その雰囲気を壊さないように計画された。内壁や外壁は全てガラスで、ガラスとガラスの間にバッファゾーンを設け、温度調節と防音効果を担っている。天井高4mの透明ガラスに色々と反射して不思議な空間を作り上げている。
・オランダ・アルメラ スタッドシアター
OMAがマスタープランを行っており、人工湖の上に建っている計画である。シアターとカルチャーセンターが主な機能でシアター、各種教室、サーキュレーションを含むパブリックなスペースが大小様々な部屋として等価に並べられている。音楽教室の防音設備も鉄板を使い薄くしている。
・スペイン・バレンシア バレンシア美術館増築
今の美術館は一方向しか向いていなく、展示室が少ないという状態だった。
この計画は巨大なパンチングメタルで全体を覆うことで、夏は涼しく、冬は季節風を遮り快適な空間を作り出している。そのパンチングメタルを通してバレンシアの町が見ることができる。
また、彫刻にパンチングのドットがかかってはいけないため、穴の開け方をいっぱいスタディーをした。
構造体の柱は出てくるがフレームは出てこないように設計されている。
・フランス・パリ ルーヴル美術館分館
高い反射率を持つように磨かれ酸化被膜されたアルミを外壁に使用する予定で、その外壁を微妙に曲げて配置していることにより映し出す景色も微妙に歪んだものになり、人工的なのか自然なのかあいまいなランドスケープを行った。また、常設展示のブースは時代ごとの時間を追った展示方法を考えている。
)
.講演内容について考えたこと
今回の講演でSANAAの建築がどんな意図で何を考えてつくられているかを学ぶことができました。その中で、SANAAの建築はただの流行の建築というのではなく、流行になるほどの影響力のある考えや新しい形態があり、それは意外と単純明快なものだからこそ、多くの人に受け入れられているんだということを知りました。
今回の講演で一番気になった建築はドイツのエッセンにあるデザインスクールです。この建物はSANAAが出している妹島和世+西沢立衛読本-2005に掲載されており、まっ白な模型写真がのっているのをよく知っています。しかし、新建築の2006年11月号で掲載されたときに外壁がコンクリートの打ちっぱなしでものすごい違和感を与えられました。あそこまでキューブにこだわってつくられている建築をコンクリート打ちっぱなしの外壁にしてしまうと重く見えてしまい違和感があると思っていました。しかし、今回の棚瀬さんの話であの建築はコストも削っていかなければいけなく、外壁に炭鉱から流れているお湯を流すことによって外壁の断熱部分を無くし、外壁を薄くすることができた、という話を聞いて、ただなんとなく外壁をコンクリート打ちっぱなしにしたのではなく、コストの問題や新しい試みがあるということを知ることができ、違和感なくこの建築を見ることができるようになりました。
また、棚瀬さんはSANAAの建築でボックス型、平屋根や白いものが多いのは中身を考えて建築をつくっているため、外側や色はシンプルにしていると表現していました。私はSANAAのつくる建築は、外はボックス型のシンプルなものなのに中身は多様な空間ができているというところに関心があり、その中身を考えて建築をつくるということはとても共感できました。しっかりとヒューマンスケールを考え、どんなライフスタイルでその空間は使われるのかということを考えることが建築をつくるということには非常な重要なことだと思います。
今回の講演はSANAAの建築の作られ方を学ぶと同時に、建築という物はそこを使う人々のための空間づくりであって、インパクトだけで成り立ってはいけないということを再認識することができました。建築は見た目のインパクトではなく、人のためにつくられた多彩で多様な空間でなければならないということを忘れてはいけないと思います。
『透明な先にみるもの』
05D7140 渡邉 明美
SANNAの作品はガラスやアクリルを使った表現が多くいろいろなメディアに取り上げられるが自然と引きつけられ魅了されてしまう。純粋に、気持ち良さそうと思ってしまう建築の一つである。日本にも多くの作品があるなかで今回は海外での作品を中心にお話してくださった。ツォルフェラインデザインスクールは、コンクリートの躯体に大小様々な穴を壁に開けていくことで、透明・不透明な部分をつくりだしている。また、ドイツは寒い国なのでコンクリートの躯体の外に断熱材をつけて、さらに外にもう一回コンクリートを打つのが一般的な方法である。このため外壁がかなり厚くなることから、このプロジェクトでは場所が炭坑ということもあり、その地熱を利用して壁の中に引き込んだパイプで冬には温水を、また夏には冷水を通す。年間を通して温度をほぼ一定の状態を保つことができるため断熱材をなくして外壁を薄くすることが可能となっている。
トレド美術館、ここには樹齢150年の美しい木が立ち並んでいて、そのうしろに住宅街が広がっている。この木を残しながら、かつ、まわりの住宅街に対してなるべく影響がないように、木の下に平屋で建物をつくろうという計画になっている。このまち自体には、同じガラスでもアートではなくガラス製品やガラス建材をつくる工場がいくつもあって、ガラスを安く提供してもらえるというような条件もあり、ガラスを多く使う計画をしている。また、ひとつひとつの部屋がガラスによってくるりと一筆書きで囲まれることでつくられるというアイディアであり、ひとつひとつが風船のようである。各部屋がおのおの別々にガラス壁をもつので、壁全体としては、二重レイヤーのようになる。普通アメリカだと壁厚が、たとえば数十センチと厚く、中は詰まっているが、この建物の場合、ガラスとガラスの間は空洞となっていて、空調のバッファーゾーンとして使っている。というのも、いくつかの部屋はガラスを熟によって加工するため温度が高くなります。それぞれの部屋が異なる温湿度条件を要求するといるというようなプログラムでしたので、ダブルスキンにすることで中を空調の調整ゾーンとしているわけです。
普通、動くときに見る方向と動く方向とは同じことが多いと思う。つまり視線が抜けていく方向に向かって歩くのが一般的なのだが、ここでは見る方と引っ張られていく方向とが違っている。その関係がおもしろい建物である。視線の問題に関していえば、正面にコレクションのギャラリーがあって、その先に庭があって、その向こうに不透明なボリュームがあるのだが、それらが正面にすべて並ぶのではなく、視線が斜めに抜けていくという感じになっている。不透明の壁にした場合は、基本的にこの部屋にとって展開的にみていちばんいい場所に開口部をつくつている。その場合にも隣の部屋には何も影響のないようなつくりかたを積極的にしようとしているのが感じられる。また中を動くとそれにともなって映り方が変わるので、風景が自分にずっとついてうごくような体験ができるのだろうと思った。きれいで人を引きつける空間だけでなく、その形態には様々な試行錯誤の結果であり、大胆で特別なことに挑戦しているようにもみえる彼らの作品は実は人や環境に対し当たり前のことをした結果にすぎないのではないかと感じた。また今回SANNAの作品を妹島さんでもなく西沢さんでもなく棚瀬さんの視点から、彼の言葉で聞けたことはまたSANNAの違った一面がみれたようでとても面白かった。
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第7回目 福川成一氏
http://archiforum.exblog.jp/7952142/
2008-01-10T14:08:27+09:00
2009-10-08T22:37:17+09:00
2008-01-10T14:08:28+09:00
a-forum-hosei
2007
コミニケーションとは、言葉のキャッチボールをすることである。
しかしながら、コミニケーションの対象が言葉を持っているとは限らない。
福川成一は言う。
「我々が、風景をつくることは、言葉を発しない風景に言葉を貸し与えること。
風景の語りかける言葉を受け取る人間があってこそ、風景は成立する。」と。
サッポロビール北海道工場 ハルニレの丘(photo by Kouji Okumura)
サッポロビール北海道工場 航空写真
この作品がきっかけとなり、ランドスケープアーキテクトとなる。
サッポロファクトリー アトリウム庭園(photo by Sadamu Saito)
カトリック御殿場教会(photo by Kouji Okumura)
新幸橋ビルディング・千代田区立内幸町ホール外構計画(photo by Kouji Okumura)
公立刈田病院リハビリガーデン(photo by Kouji Okumura)
サッポロビール園のリニューアル
Plofile
1947年鎌倉市生まれ
慶応義塾大学理工学部管理工学科卒業
會田雄亮(陶作家)に師事
1976年 岩城造園にて造園の伝統的手法を学ぶ
1977年 福川成一研究室を主宰
1987年(株)アーククルー一級建築士事務所設立
2001年法政大学工学部建築学科非常勤講師
ホームページ http://www.ark-crew.co.jp/
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DATE : 2008年1月10日
レポート W-studio y.y
以下、学生提出レポートです。
風景とのコミュニケーション
05D6091 南谷崇仁
今回、ランドスケープアーキテクトの福川先生の講演では『風景とは何か?』という疑問に対して多用な方面から考えることが出来たと思います。
先生の講演の中で特に印象に残っているのが、『自分の目の中に映る風景に自分はいない。』『自分自身から離れることが風景をつくる第一歩になる。』とおっしゃっていたことです。自分自身から離れることというのが難しくもあり印象的です。主観からはなれて客観的視点から風景をつくるということが大事なことだと思いました。
ランドスケープアーキテクトという仕事は、建築と違ってどんな仕事をしているのか分かりません。何かを造り上げるという点で似ていると思いますが、シェルターを造って内部を考える建築に対して、無限に広がる自然・ランドスケープは大変難しい仕事だと思います。福川先生がおっしゃっていたランドスケープには時間意識があり、四季や天候・影までもデザインしなくては良いランドスケープは生まれないのだと知りました。自然と対峙し向きあいながら考え造り上げるランドスケープは人々に感動を与える。
『空・雲・太陽など多くのものを見方につけた富士山は、富士山自体が美しいのではない。』というように全体を見ることが出来てこそのランドスケープだと思います。他にも、宮崎駿のジブリアニメでは背景の絵が大変細かく表現されていてあまり目立たない風景でも書き込むことで登場人物を引き立たせる。あだち充のタッチに出てくる南ちゃんも、彼女自身が可愛くて魅力的なのではなくて、他の登場人物が南ちゃんを魅力ある女性に引き立たせている。このような事例がすべて風景に言えるのだと思います。
これからはランドスケープと建築を一緒に考えお互いがお互いを引き立たせるような設計を考えていく必要があると思います。建築内部の開口から見える外の風景、窓枠が額縁となり風景を内部に取り込む。建物内部に入りたくなるようなランドスケープ。講演内容の『風景と何か?』という疑問に対して簡単に解答することは出来ませんがこの疑問を常に自問自答して考えていくことが良い風景を作り出していくと思います。
その言葉の意味
05d7018 上野宏岳
ランドスケープは、ここ数年、その言葉自体は急速に普及したものの、僕の中でその言葉の意味にいまだに混乱があり、それを語る人の立場や専門分野によって様々な解釈が施され、雑誌等のメディアによる操作も加わって、明確な定義を得ることが困難になっている。福川さんの講演は、建築とランドスケープと造園の関わりを僕たちにわかりやすく、様々なスライド写真を通して説明してくれたが、結局最後まで僕の中でのランドスケープという言葉自体に対するわだかまりを完全に消化するまでにはいたらなかったことは強調しておきたい。それはもちろん自分が未熟なこともあるが、これはあくまで、講演を終えての僕の感想である。
日本ではランドスケープは庭園手法によって造園の、また都市計画手法からは政治、建築の一分野とされてきて、景観、造園の意味合いとして、ガーデニングなど普及も後押しして急速に広まった言葉である。しかしこの解釈も信用ならないものではないだろうか。ランドスケープという言葉の意味を説明しようとしたとき、造園という言葉を使うことはどうもおかしいように思える。調べてみると、しばし、造園からランドスケープに発展したという風な解釈をされることが多いが、実際には、landscape architectureという言葉を日本に導入する際、造園を訳語として当てられ、この言葉が日本の文化的背景により、本来のランドスケープという言葉が持つ意味と相違があるため、本来の意味で使用する際に、ランドスケープという外来語のまま使われるようになったのが正しいらしい。では本来の意味とは何なのか。それは今回の講演のサブタイトルでもある「言葉を持たないものに言葉を貸し与える」というのが一番ふさわしいように思える。非常に抽象的で、具体的な説明を避けている様な印象もあるが、僕の中ではこれが一番しっくりきた。そんな抽象的な説明を付けることで、今後僕らが具体的な意味を持たせる様な形で建築にしていく価値が生まれる様な気がする。
注意力
05D7039 狩野 輝彦
今回は景観計画の授業の先生でもある福川さんの話だった。話の内容はいつも授業中にお話してくれていることなので先生の授業の復習といった感じだ。(授業中に先生自身から、景観計画の授業と同じことを話すから受けている人は期待しないでね、と言われていた。)富士山の話やトトロの話、タッチのこと、日本画の風景のことなどいつも通り独特の言い回しで話してくれたが、やはり毎週の授業で話していることをこの講演の短い時間だけで表現することは難しいようで、僕は少し物足りなさを感じた。特に先生が授業で毎回のように言っていたこと、学校は注意力を訓練するために来ているという話をよくしてくれていたが、この講演では、一言さらっと言っただけで終わってしまったのが残念だった。先生はよくこの学科の人は他の人のために物を作るのだから注意力を訓練することさえできればそれだけで十分だと言っていた。人のために物を作るのだから、相手が何を要求しているか、それをきちんと読み取るための注意力が必要となってくる。いくらデザインができても注意力がなければ人のために物を作ることはできない。この話は僕にとってとても印象的な話だった。よく高校時代の友達に会うと、もう家とか作れるの?とかどんな勉強しているの?とか聞かれることがあるが毎回うまく答えられないでいた。3年間建築を学んできたがが、家を作ることはできないし、何を勉強しているかと聞かれても、自分の作品をより良い物にしようと毎日考えているだけで、何を勉強しているのかはっきりした答えが出てこない。しかし先生は注意力を訓練しているということを気づかせてくれた。振り返ればその通りである。敷地を見に行ってもこの敷地の特徴は何だろうと注意して見ていたり、この課題の意図は何だろうと注意して課題文を読み返してみたり、建築学科に入って今までやってきたことは注意力を常に使っていたのだ。この話を聞いてからは、注意力を訓練しているということを頭の片隅に置いて生活するようにしている。分かったことは、注意することでそれが認識へと変わるということ、注意していろいろなものを見てみると少ない情報でもいろいろなことが分かったり、今まで意識していなかったものが見えてきたりと世界が広がってきた。このことは僕にとってとても衝撃的なことだった。今回の講演でもこの話をみんなに伝えてほしかった。しかし、今回の講演では時間がなく注意力の話は注意していないと聞き流してしまうくらいの短さだった。逆にそれが先生の意図だったのだろうか。注意して聞いていた人だけが理解できる話。そんな講演会だったのかもしれない。
風景が話す言葉
05D7084 津久浦政慶
僕は景観計画の授業をとっているので福川先生の話を毎週聞いているのだが、先生の話はいつも個人的な体験のエピソードで語られるのでこころに響きやすく、引き込まれてしまうなにかがある。僕は先生が見せる写真の一枚一枚が好きだ。なぜならその全てに美しい風景があるからだ。先生は「風景は人がつくる」と言う。例えば自然の美しい景観は写真家や画家に切り取られて初めて風景となるのだという。そして現代の息が詰まりそうな都市空間に美しい風景をつくるためにランドスケープデザイナーはいるのだ。
先生は今回の講義でランドスケープデザインの3つの手法を示してくれたと思う。1つは冒頭に記した「風景を切り取る」ということだ。次の手法ではそれとは少し別のアプローチがなされる。例えばフランク・ロイド・ライトの落水荘は建築をたてることで自然の景観を劇的に見せている。スライドに落水荘ができる以前の写真があったが、これだけでは特に魅力のある風景ではないことがわかる。三仏寺の投入堂では建築が庭園と化し一つの風景になっている。また厳島神社は鳥居を建てただけで瀬戸内海を庭にしてしまっている。つまり「オブジェク(建築、彫刻etc)を配置することで風景を豊かにする」ということなのだ。人工物が自然の景観を引き立てる役割を担っている。
3つ目の手法は「時間軸を風景に挿入する装置をつくる」というものだ。風景には時間の概念がある。例えば、京都の詩仙堂の木が落とす影は時間の経過を穏やかに知らせている。この場合、庭に陰を落とす大きな木が時間軸を風景に挿入する装置であり、それが風景に時間の概念をあたえている。もともと日本人はこの風景の中の時間を知っていた。葛飾北斎の絵画はそのことを教えてくれる。例えば波の表現や雨の表現が時間の経過を示す装置としてすでに用いられている。
それらの手法は先生がかわったプロジェクトの随所にも見られた。伊東豊雄さんとのプロジェクト「サッポロビール恵みの庭」はまさにそれだ。建築とランドスケープが溶け合って美しい風景をつくっている。丘のうえに一本だけ植えられた木は時間を示し、人が集まる風景もみせてくれる。
先生は「風景は人によって見え方が違う」といっていた。先生が最近で印象に残っている風景は、との質問に“かぐや”が撮影した月の映像を挙げた。それは少年時代にみたアポロの月面着陸が色あせない記憶として残っているためだと言っていた。風景は普遍的なものではけっしてなく、一人一人のこころに響くものでなければいけないのだと感じた。以前、建築史の授業で大陸の文化(中国)では「建築に空間をつくる」が、日本では「空間に建築をつくる」ということを学んだ。つまり日本の伝統的な空間にはランドスケープの概念がすでにありということだ。そういう恵まれた環境にいることを忘れてはいけないと思った。そして現代の過密都市には人々の渇いたこころに響くランドスケープデザインがもっと必要だと感じた。
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第6回目 小川広次氏
http://archiforum.exblog.jp/7907277/
2008-01-05T02:02:00+09:00
2009-10-08T22:37:17+09:00
2008-01-05T02:02:21+09:00
a-forum-hosei
2007
建築のデザインについて考えるとき、いったいどうやって何もないところから形を生み出せるのだろうか?と思う。とても一般的な疑問であろう。
ただ、ここに落とし穴がある。
何故、何も無いと言えるのか。
ただ、認識できないだけなのに•••••。
コミュニケーション。
よく耳にする言葉である。最近では携帯電話やインターネットなど、数年前には考えられないような方法でコミュニケーションをするためのツールが増えた。それではこれらのツールによって、より深くお互いが理解できるようになったのだろうか?確かにより安易に、あるいは簡易に情報を得ることはできるようになった。
ただ、これって意外に一方通行の情報なのではないのか?あたかも相互にコミュニケーションが図れるようなイメージはあるが、相手の気持ちを考えずに情報を発信しているだけではないのか?
コミュニケーション。
それは双方向の関係であり、お互いの情報の発信内容に合わせて常に変化し続けるような。
そんな「ライブ」な状態なのではないのか•••••。
空間や形を認識することから創造は始まる
「空間や形」とはマッスやヴォイドの関係(物と隙間の関係)であり、「認識する」とは見えるもの/見えないものである。
この写真は小川さんが好きな車であるが、今まで興味をもってないときは見えていなかったものが、一度興味を持つ(認識する)と町のいたるところに走っているのが見えてくるのである。
MoMa:外観写真
田中邸:外観写真
MoMAと田中邸の平面図の比較
70,000㎡と7坪
同時に頭の中にあるということ
物事を目に見えていることと俯瞰的(バーズアイビュー)に考える
阿佐谷南の家:外観写真
阿佐谷南の家を中心にデザインの話を展開されていきました。
阿佐谷南の家の施主からの言葉
イメージを具体化することで創造が形になり始める。まずイメージを具体化するには言葉に置き換える。デザインをするということは創造の実現である。アイディア(言葉/形/状況)から適切な形を探し、バランスの良い物と物の関係(プロポーション)に整える。
プロポーションを構成する要素
→建築を規定するもの
「素材」→素粒子と磁場 [物質の存在を司る]
「光」→光と陰のバランス [立体の存在を司る]
「時間」→適切な生命力 [存在感のあり方を司る]
「トポロジー」→長さ、大きさなどの量的関係を無視した図形相互のつながり方[ものの存在の是非を司る]
阿佐谷南の家:コンセプトモデル/形
阿佐谷南の家:ダイアグラム
阿佐谷南の家:内観写真1
阿佐谷南の家:内観写真2
作品名阿佐谷南の家
<作品概要>
プロジェクトの特徴都市の住居、高齢者の住居として生活が出来る成熟した建築を求めた。
所在地:東京都杉並区
用途:専用住宅
構造:鉄筋コンクリート造 壁床ラーメン構造
規模:地上3階+ロフト、延床面積199.94m2
竣工年月日:2004年11月
賞・入選:2006年 第22回吉岡賞、グッドデザイン賞、第18回JIA新人賞
Profile
1960 東京に生まれる
1982年 日本大学理工学部建築学科卒業
1983〜92年(株)谷口建築設計研究所
1991年(株)小川広次建築設計事務所 代表取締役
2006年 日本大学理工学部建築学科 非常勤講師
2007年 法政大学工学部建築学科 非常勤講師
ホームページURL:http://www.koaa.co.jp
Awards and Prizes
2004年 東京建築賞都知事賞
2008年 第18回JIA新人賞
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DATE : 2008年1月5日
レポート W-studio K•S
以下、学生提出レポートです。
建築における言葉の存在
05d7117 町田芽久実
小川先生は今回「阿佐ヶ谷南の家」を例に、具体的かつ細かく自分の建築設計に対する姿勢を語ってくださった。
小川先生の設計プロセスで特異な点は全てのイメージをまず言葉に置き換えることである。自分の中でイメージとはほとんどがグラフィック的なものに近いと思っていたのでこのことには驚かされた。
言葉というものはどんなもの、ことであっても同じ次元で取り扱うことができる。本、美しい、動く―実在するもの、状態を表すもの、動作を表すものとそれぞれ全く別のものであっても言葉は同列に並べることができるのだ。言葉は強引で曖昧だ。しかしこの“強引さ”と“曖昧さ”によって、イメージを言葉に置き換えることの有用性が発揮されているのではないだろうか。
例えば美しいという言葉。人によって美的感覚はそれぞれ異なるし、それゆえに個人が持つ美しさに対するイメージは様々である。しかし、それらのイメージを絵で表現すれば限りないが、言葉で表現すれば“美しい”という一語で形付けられる。言葉というのは直接形を表現することはできないが、イメージを膨らます余白を含みながら、そのイメージに言葉という形を当てはめることができる。言葉は絵のように押し付けがましくなく、自分で想像する領域を残しておいてくれる。イメージを一回言葉に置き換えてまたアイデアとして抽出するまでに、言葉の持つ余白部分で化学反応が起こり、閃きでしかなかったものが変性し淘汰されていく。
そうしてでてきたアイデアに適する形、プロポーションを与えると小川先生はおっしゃっていた。プロポーションを構成する要素は「素材」「光」「時間」「トポロジー」 である。
阿佐ヶ谷南の住宅では、エントランス部分に風呂などの水周りがすぐ横に配置される(エントランスが南に面しているが水回りに光を大きく取り入れたいという施主の要望から)という一般的にはあまり見ないプランになっていたり、部屋の中央のエレベーターシャフトを非価値の箱に見立てるなど、この要素が随所に現れている。
また、この住宅では、施主が建築ジャーナリストであることから普通の施主からは出ないような「見えない空間が意識された空間」「美しい空間」などの難しい要望が出ていたが、見事に叶えられていると思った。
3階にあるリビングルームの真上にはゲストルームが浮いていて「見えない空間を意識した空間」という施主の要望を実現している。客間を意識していても快適に過ごせるのは2階の奥にプライバシーが確立された空間があるからである。そうしてできあがった空間は施主の望んだ「美しい空間」であった。
この講演で一番印象深かったのは「見えるもの」と「見えないもの」の話である。一般的に言うと、見えるものは定量的であり見えないものは非定量的である。しかし、小川先生は「見る」というのは目で単に見ることではなく「認識する」「意識すること」であり、空間や形を 「認識する」ことから創造は始まるのだとおっしゃっていた。定量的なものと非定量的なものを同等に扱うことができるのはおそらく言葉だけであろう。設計プロセスでイメージを言葉に置き換えることの重要性、また建築を作るときの言葉の存在は、思っていた以上に重要な位置を占めることを教わることができた講演であった。
より良い環境へ
05D7009 飯塚宏侑
今回は小川講師に「建築家として考えること」という題目のもと、講師自身の考えを述べていただいた。
まず私の心に残ったのは小川講師が前置きとして述べていた
建築のデザインを考えるとき
いったいどうやって
何もないところから形に生み出せるのだろうかと思う。
ただ、ここに落とし穴がある
なぜ、何もないといえるのか
ただ、認識できていないだけなのに・・・。
との内容である。何もない、そう思い込んでいるだけの自分がいて、ことを過大評価してしまう。本当は私たちの周りに、いたるところにヒントがころがっているのではないか。そのヒントに気付く努力さえしないでただ遠い目でそれらを見ているのではないか。このことはなにも建築だけに言えることなのではなく、全てのことにいえるのではないかと私は思う。もっと周りの出来事に、状況に敏感になり詳しく知っていこうという意思がなければ何も見えてはこないと思う。そういう努力をせずに生きてきた自分にとっては小川講師が前置きとして軽く述べていたこのことに深く考えさせられた。そして小川講師はこのことを十分に理解したうえで、実行したうえで自分の受け持つ建築について考えている。空間や形、素材、光、時間、トポロジーなどそれらのもつ特徴、価値を奥深くまで考えをめぐらせている。素材を「素粒子と磁場「物質の存在をつかさどる」」、光を「光と影のバランス「立体の存在を司る」」、時間を「適切な生命力「存在感のあり方を司る」」
トポロジーを「ものの存在の是非を司る」と捉えたのも根源がしっかりしていたから故にいえることなのであろう。視点をかえ、スケールをかえ、時間をかえ、空間をかえ、物事を俯瞰的にバーズアイビューで考える。そうすれば今まで見えてこなかったものが見えてくる。小川講師がそのように考え、そして担当したMOMAニューヨーク近代美術館も阿佐谷南の家もいわば、小川講師の考えのたくさんつまった完成形であると私は思う。
今回の講義は私にとって非常にためになった。技術も必要だが、そのまえに物事をよく知ること俯瞰的に見ることの大切さを知った。それを実行することで小川講師がイメージを言葉に置き換えることによって具体化することで創造が形になりはじめるというような独自の考えも、違った形で自分ももてるかもしれない。新しい未来が広がったように思う。そんな貴重な講演をしていただいた小川講師に感謝したい。
『意識/無意識』
05d7054 小林 潤
人間は生活の中でどのくらいの時間を意識的に考え、行動しているのだろうか。私自身、様々なことに関して、意識して生活しているつもりだが、実は無意識のうちに行動していることがほとんどのような気がする。今回の講演の中で小川広次さんは“認識”という言葉を使って、人間の無意識的行動をどのように建築的な手法で導き、設計につなげるかということについて、実例も踏まえながら講義してくださった。
まず、人間の無意識的行動とはどのようなことなのであろうか。例えば、自転車に乗って家に帰る。この行動においても“他のことを考えていて、いつの間にか家に着いている”といったことがないだろうか。このように、人間は無意識状態で生活しながら、世の中を見ているにすぎないのである。講義の中で『赤いハイヒールを気にした瞬間から街を歩いていると赤いハイヒールをよく見かけるようになる』という例があった。これは、普段は、その事柄について無意識状態だったのに、ふと意識的になると“認識”が変化するというものである。
建築もただの箱空間では、人の認識に変化を与えることはできない。人間がもっている五感。また、三次元ないし四次元的な物事の捉え方に、いかに建築として対話するかが重要だと思う。現在、日本の経済的発展と核家族化によって様々な五感を通した経験は少なくなり、年齢層間の交流のなさによって、自らの時間軸でしか考えられない人(他年代の人とのcommunication不足によって、偏った考えしかもっていない人)が多くなってきている。これは、とても大きな問題であり、日本特有の問題なのかもしれない。
先日、ミャンマーで日本人記者が国軍兵士に射殺されるという事件があった。あれも、人々の社会に対する意見をデモという形で表現していた最中の事件である。かつて、日本でも1960年以降、様々な学生運動や大学闘争などがあった。私は、デモや学生運動のない今の日本がいけないと言っているのではない。経済的に安定し、平和な日本のなかで意識して生活する機会が減り、社会に対しても無意識・無関心になってきている私たちに危機を感じるのである。
今までは、経済的効率を重視するための建築がほとんどであった。しかし、これからの建築は人に対して建築がapproachし、人々の意識状態に変化を与え、心と対話するものでなければいけないと思う。認識が変化すれば、その人の世界も広がる。そして、広がった世界での認識は新しい次元で物事が考えられ、creativeな生活がおくれるのだと思う。このように建築家は、その意図を十分に考えた設計をしていかなければいけない。
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