2007年 12月 05日
「工事中景」 Construction Sights |
第4回の法政大学建築学科・建築フォーラムは韓亜由美さんに講演をして頂きました。
韓さんは土木と建築の間で活躍されているアーバンスケープ・アーキテクトです。講演の内容は、建築が生まれるまでの工事現場が街に対して新たな風景をつくり出すいくつかの試みを、これまで取り組んで来られたプロジェクトを通して紹介して頂きました。
■SHINJUKU SOUTHERN BEAT PROJECT
新宿駅南口地区基盤整備事業
Shinjuku TOKYO 2004
これは東京の新宿駅南口の跨道橋架け替え工事に伴い、新宿の面影や新宿らしさを仮囲いに表現したプロジェクトです。新宿に行けばその斬新なウォールグラフィックに誰もが目を見張ってしまったことでしょう。黒田 潔氏がイラストを担当した2004年の仮囲いは記憶に新しく、私自身とても愛着を感じているものです。黒田氏のイラストは新宿がこれまで様々な時代の中で多種多様な流行や文化が生み出されて来たことを、スクリーンセーバーとして今でも私のPCに映し出してくれています。
現在では新宿で生活している人や遊びに来た人などの写真を映し出した「新宿ID(アイデンティティ)」が催されています。そこには楽しそうに笑う居酒屋の店主や自慢げに写るパンク少年、疲れきった風俗嬢など希望と絶望が交錯する新宿がリアルに描かれています。以前には現場の様子を覗ける穴の空いたデザインもあり、これからこの敷地に建つ建物に関心と興味が高まります。また、造られるプロセスを共有できることでその建物に愛着さえ湧いてきます。
■Muromachi in Progress
地下鉄三越駅前エリア 道路地下工事現場
Nihonbashi TOKYO 2004-
この作品は日本橋の地下鉄工事で使われた復工板の新たなデザインです。いくつも敷き詰められても模様がうまく繋がる様に工夫されていました。
この復工板が敷き詰められた工事中の道は、ただの復工板より良いのは基より、よくある石のタイルで仕上げられた歩道よりも遥かに美しいと感じました。三越の目の前の道路であったということもあって、ここを通られる方にもお店の方にも大変喜んでもらえたそうです。
工事現場の風景が美しいと思うことなど自分自身これまでにない体験でした。工事現場は短期間であることを理由に街に馴染むことを無視していた様に思うのですが、韓さんはしっかりと工事現場を景観の一部として認識し、街を彩る表層を工事現場にも与える新たな試みに感心させられました。
■ひきふね画プロジェクト
曳舟駅前地区市街地再生事業
Hikifune TOKYO 2006-
この作品は曳舟駅前開発事業用地に建てられた仮囲いです。街の様子は新宿とは正反対で静かで、昔ながらの近隣同士の繋がりが強く残っているところでもあります。この仮囲いには敷地周辺の京島一丁目に住む地元の方のポートレートと心温まるメッセージが書かれています。現場のある通りを通る人にとって、この仮囲いには皆知っている顔が並んでいます。施工中も思わず振り返ってみる人や、写真をなでながらはしゃぐ園児たちなど、道行く人の気になる壁となっているようです。
■北船場アートウォールプロジェクト
「せんばことば」
大阪北浜三越跡マンション建設工事
Kitahama OSAKA 2006-
この作品のコンセプトは「土地の記憶のアーカイブ」。
北船場はかつて大阪が天下の台所と呼ばれた頃、格式ある船場商人の文化の街でした。時代の流れと共に、華やかな船場の商人文化は消えかかり、格調ある船場のことばも忘れ去られようとしていました。そこで船場商家の話しことばである「せんばことば」をグラフィックデザインとしてここに表出させようと考えたものです。歩きながら語りかける様に読ませる文字は横組みに、じっくりと止まって読んでもらいたい文は縦組みでレイアウトしてあります。
開発で新たな街が造られ周辺との関係が分断されない様、この仮囲いの言葉が新規と旧とを繋ぎ、住人同士の関係を生むことを期待します。
■沖縄那覇港ドロスヤードプロジェクト
Naha OKINAWA 2003-
この作品は那覇港の港湾資材置き場(ドロス(消波ブロック)ヤード)のフェンスのデザインです。隣接する敷地に新しく「国立劇場おきなわ」が完成したことで、今後多くの人が訪れることが予想されました。そこで、立入防止柵としての機能に、ドロスを直接見せない様目隠しし、さらに港湾のイメージアップを図ることを目的としてデザインされました。
一度に認識できる約40mをひとつのまとまりのグラフィックとして、地元の風物がパンチングメタルに印刷してあります。普段関わることの少なかった港湾施設と市民を結びつけるインターフェイスとなります。
■Thinking Forest
東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 福武ホール建設工事現場
Hongo TOKYO 2007
東大情報学環福武ホール建設予定地の仮囲いのデザインとして描かれていく作品です。学科ごとに分けられた木に果実や花や動物のシールを貼っていくというものです。最初木の幹しかありませんが、シールを貼られていくと徐々に賑わっていきインタラクティブにグラフィックが成長していく計画です。木によっては賑わっている所とそうでないところに分かれるのかもしれないですが、見えない秩序がここでは一目瞭然に見え、それが一つの絵として表現されるということが作品の面白いところだと感じました。
工事現場は普段効率性を最優先するが故にデザインされることがなかったものである。しかし韓さんはそこに着目し、価値の存在していなかったところに新たな価値を見出した。仮に工事現場の仮囲いも都市における表層として建築の一部と考えるならば、規定の概念を超えて建築領域の可能性を開拓したことになると思います。これまで建築は都市とシャットアウトして途端に出来上がってしまうものでしたが、できあがるプロセスを共有できることで建築が市民のものであるという意識がより強くなるのではないかと思います。人と建築を結びつけてきた工事中景のプロジェクトがこれから更に発展し、市民がまち(建築)をつくっていく可能性を広げることができたらと期待しています。
貴重なお話をどうもありがとうございました。
DATE : 2007年12月5日
レポート W-studio 大場 英明
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韓 亜由美/ HAN Ayumi
1982 東京芸術大学美術学部デザイン科卒業
1986 Politechnico di Milano, Italy
建築学科 留学
1988-90 クラマタ デザイン事務所勤務
1991 独立、ステュディオ・ハン開設
1994-95 アーティスト イン レジデンス
2000 株式会社ステュディオ ハン デザイン
一級建築士事務所設立
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以下学生のレポートです。
「空間・時間の断絶」
05D7010 石井 翔大
「工事現場は決してなくならない。」 韓先生の第一声がこれだった。当たり前のことの様に聞こえるが、はっとさせられる言葉だった。日々変わり続ける都市に完成などない。つまり工事現場が常に都市の一角を占めている事になる。そのすべてが仮囲いで覆われ、その内側で着々と建設が進んでいる。
普段生活している中で、いつの間にかどでかい高層ビルがそそり立ち、グランドオープンしていた、なんてことが少なくない。ただ単に僕が注意力散漫なだけなのかもしれないがそれだけではないだろう。仮囲いによる空間・時間の断絶。先生はそうおっしゃっていた。
僕の最寄り駅である戸塚駅では現在、大規模な再開発が行われている。昔ながらの商店街はいつの間にか完全封鎖、真っ白な仮囲いが全体を覆い、今では裸の土にショベルカーしか見当たらない状態になっている。駅からはその工事現場の全体を見渡すことができるが、大体何人かが立ち止まって現場を心配そうに眺めているのが印象的である。記憶が失われるように感じる。自身の内にあるものだけではなく、外の空間に留まっている自分の記憶というものもあるように思う。それらが仮囲いとともに真っ白になっていく感じを、眺めている人たちも感じているのだと思う。
その断絶をなくしたいとの思いで作られた作品を、先生にはいくつか紹介していただいた。新宿サザンビートプロジェクトでは、新宿の過去から現在までの流れをイラスト、新聞、また市民の生の言葉を駆使し見事に表現されていた。仮囲いを通じて昔の人々の記憶はよみがえり、過去の姿は見る影もなくとも、まぎれもなくここは新宿であるということの再認識、また新宿に対する意識を世代を超えてひとつにし、さらに向上させている様に思えた。このような経験をすることができた新宿の人たちを、とてもうらやましく思う。
ひきふね画プロジェクトも同様である。素朴な町であるほど、より空間に対して親密に感じていることも多いように思う。そんな中に立ち上がる仮囲いを、空間を切り取る侵入者という形で捉えられないように、むしろ町のアイデンティティを保つ大事な一部であるような形に持っていったところに感銘を受けた。
建築は否が応にも元ある空間に手を加えることになる。また仮囲いとは違い、マスタープランが出来上がってから実物が建ち上がるまでの時間のギャップが年単位で生じてくる。ある意味建物を計画する行為それ自体がすでに時間の断絶を生んでいるようにも思えるが、それもそれで面白いのかもしれない。韓先生が作られるような仮囲いが取り払われた後も、利用される人々に快く受け入れてもらえるよう最善を尽くすことの重要さを、改めて実感させられたように思う。
「日常にあふれた風景のなかで」
~「「工事中景」〜生きられる都市へ〜」を聞いて~
05D7039 狩野 輝彦
工事現場といえばうるさいとか汚いとかマイナスイメージが強い。でもそれが現代では当たり前のことだと自分の中で理解し、特に疑問を持つことはなかった。この当たり前の状況を疑問に思い、解決しようという試みはとても興味深いものだった。韓さんの言う通り工事というものは絶対にどこかで行われていることで、ある意味では工事に終わりはないのだ。そこで仮囲いに注目し、仮囲いを新しいメディアとしてのコミュニケーションツールと考える発想は、とても新しく楽しげに思えた。仮囲いを通じてコミュニケーションが行われることは仮囲いを発明した人も予想していなかっただろうし、実際にそんなことがうまくいくとは想像もできないだろう。しかし、スライドの写真では仮囲いの前で話をしたりして新しいコミュニティーが生まれていた。
今回の工事中の仮囲いのように、日常の中にあふれていて気にすることがなくなってしまっていることが今の世の中にはたくさんある気がする。そのことに気づくことが新しい何かを生むということ、新しいデザインというものがその中に隠れているということだとこの講演で教えられた気がした。
僕は「建築施工」の授業をとっていたこともあり、施工現場を見学したことがあり、現場監督の話も聞くことができた。そこで働いていた現場監督の人も工事中における都市への配慮として、「仮囲い」に注目していた。やはり、工事中というマイナスのイメージをどうにか変えたいと思っているようだった。韓さんと違うところは、都市への配慮だけでなく、そこで働く現場の人への配慮もあった。毎日その現場で働く人のモチベーションを高め、維持した状態で働いてもらうために、現場の敷地内で野菜を栽培したり、新聞のようなもので現場の様子や働く仲間たちの笑顔をみんなの見える場所に貼ったりと工夫していた。その中のひとつに、仮囲いをみんなでデザインしていくこともやっていたのだ。もちろん、デザイナーの人たちがデザインするわけではなく、そこで働いている人たちが忙しい仕事の合間に作っているのだった。例えば、仮囲いをクリスマスにはクリスマスイルミネーションのように飾ったりしていた。そのイルミネーションを見て思わず立ち止まっている人の写真を見せてくれた。このイルミネーションが、都市の人たちと現場で働く人たちをつなげる役割を果たしている瞬間の写真だった。このように、都市に対してだけでなく、そこで働く人たちにとっても何かしら影響が与えられ、それを都市の人たちが反応する。それが一番の理想ではないかと思った。このように、都市の中のコミュニケーションツールとしてだけでなく、都市と現場で働く人をつなぐコミュニケーションツールとして機能すれば、もっと工事現場というものが理解され工事中の印象がよりよいものへ変化していくのだと思う。
コミュニケーションの場の可能性
~韓亜由美先生『「工事中景」~生きられる都市へ~』を聴いて~
05D7116 前田恵利子
今回の講演で私が最も印象に残ったのは“工事現場という無の場所をコミュニケーションの場に変える”という言葉だ。
コミュニケーションの場――。いろいろなとらえ方があると思うけれど今回はそれを“メッセージを伝えるもの”という風に簡潔に解釈することにした。
現代の社会にはこのコミュニケーションの場というのが溢れていると思う。携帯電話を取り出せば遠くの田舎の母とも気軽に会話できてしまうし、パソコンを使えば今日自分が感動したことを何万の人に知らせることができる。今の世の中で人にメッセージをつたえることなんて容易いことだ。
しかし、今、このレポートを書く上で改めてそのコミュニケーションの場というものを考えたとき、現代のパソコンやらケータイやらをつかったコミュニケーションというものに違和感を覚えた。
それこそ私はまだハタチそこそこのひよっこで、パソコンや携帯がない時代は知らないし、こんなこといったら鼻で笑われるかもしれない。
しかし現代のコミュニケーションには人間がもっとも大切にしなければならない“五感”がまったく働いていないように思う。そこには整列された文字や画像しかないのだ。
いってしまえばそんなバーチャルな世界では自分の感動なんてその半分も伝わらないだろう。
韓亜由美さんは仮囲いに新しい魅力を与えたい、その場をコミュニケーションの場にしたいとおっしゃっていた。
その思いがとても伝わってきたのは『SHINJUKU SOUTHERN BEAT PROJECT』と『ひきふね画プロジェクト』だ。
新宿のプロジェクトは新宿の青春ワードや、新宿の人々のポートレート、イラストなどを仮囲いにレイアウトしたもので、曳船のプロジェクトも街の人々のポートレートとそれに似合うキャッチフレーズがレイアウトしてある。
こうやって実際に文字にしてみても、その画像をいくら載せてみてもその本当の魅力というものは伝わりづらいかもしれない。(私の表現力の足りなさかもしれないけれど。)しかし、実際にその場所にその作品があったらどうだろうか。
例えば新宿だったらその周りには、排気ガスや人の熱気の臭いがある。車が次から次へと通る音や人々の話し声、ストリートミュージシャンの歌声がある。色とりどりのお洒落なショーウィンドウやチカチカするネオンがある。
曳舟にはいったことがないけれど、下町というからきっとどこからか晩御飯のにおいがしたりとか、豆腐屋さんやさお竹屋さんの音が聞こえてきたりするだろう。(私の
田舎は下町ではなくただの田舎ですがこんな感じ。)
そこにはパソコンやケータイなんかでは感じられないその街の“感覚”がある。
その“感覚”を五感をフルに使って受け取り作品を見たとき、日常の世界はがらりと姿を変えるのではないだろうか。
まるで買いたてのカメラをもって出かけるときのような、なにを撮ろう、こんな素敵な場所があったのか、とわくわくした気持ちになって、普段は低感度に設定しているセンサーをフルに使って日常を記憶していく。そのきっかけを与えられたらそれはなんて素敵なことだろう。
韓さんの作品はそこにあることに意味があるのだと思う。
仮囲いという媒体をつかってその街にメッセージを伝える。そのメッセージは人々の五感にのっかって心にしみわたってゆく。
韓さんは仮囲いを魅力的な場にしたいといっていたけれどその行為は工事現場周辺のみならず、その街全体を幸せな気分にすることにつながると思った。
by a-forum-hosei
| 2007-12-05 16:44
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